「いい人をやめましょう」「嫌われてもいいんです」
というアドバイスを耳にすることがある.
心に不調を抱えているひとや感受性が強く優しい人なんかは特にこの言葉に触れる機会が多いんじゃないかと思う.
それだけ「いい人に思われたい」「嫌われたくない」という思いを抱えて苦しんでいる人が沢山いる.
ただ・・・「いい人」ってすごく判断が難しいしわかりにくいものだといつも思う.
例えばだれにでもニコニコしていて人の悪口は絶対に言わなくていつも周りに合わせている人をいい人だという人がいる一方で,
いつもニコニコしてる人は信用できない 本心を隠しているのでは?いつも合わせてくれるけれど私のこと信用してくれていないのかな? と思う人だっている.
そんな人にとっては,厳しい意見も批判もハッキリ言ってくれる人がいい人になるのかもしれない.
今の時代は人を傷つけない人がいい人かもしれないけれど,戦時中は沢山の敵をやっつけられる人が英雄だった.
「いい人」なんて人によっても変わるし時代によっても変わるのに,「いい人に思われたい」という思いに囚われていたら心がどんどん苦しくなってしまう.だって絶対的な正解なんてないから.
どんなに相手のことを考えても心の中で相手が望んでいることは絶対に知ることはできない.
だから
相手が何を望んでいるのか
自分は何を望んでいるのか
自分はどこまでなら相手の希望に沿うことができるのか
自分は何をしたいのか 何をしてほしいのか
自分は何が嫌なのか 何が出来ないのか
それを言葉で伝えて擦り合わせていくことが大事だ.
すごく面倒くさいし相手の反応がネガティブだとそれだけで傷ついてしまうこともあるけれど それでも言葉で伝える必要がある.それは自分自身の気持ちや好きや嫌いと向き合うことにもつながる.
もし言葉で伝えたことによって相手が離れてしまったらそれはそれで仕方ない.どちらにせよそういう相手とは長続きはしない.どちらかがあるいはどちらともがモヤモヤとした我慢を抱えたまま時間が過ぎてゆくだけだ.
多分賛否両論あるけれど 別に相手を変えようとしなくてもいい.
だから極端なことを言えばその相手が過去の人の場合で,いま現在目の前に居なくてもいい.
「あのときこうしてほしかった」「本当はこう思っていた」と言葉にすることで自分の本当の気持ちを認識することができるから.自分に嘘をつかないことの方がよっぽど大事だと思っている.
わたしはずっと「思っていることを言葉で伝えること」を避けてきたから 抱えなくてもいい不安を抱え,いつも相手の機嫌ばかり伺ってビクビクして,やらなくてもいい仕事を抱え,結果的に健康を失い借金を負った.それをずっと人のせいにしてきたけれど最近はすこし受け止め方が変わってきている.
人はいい人を好きになるとは限らない.アニメや映画の悪役だってたくさんのファンがいるし 自由奔放で全く気を遣わないのに周りの人から愛されているような人が沢山いる.
わたしも みんなに優しい「いい人」よりも,自分の心に嘘をつかないで 自分の「好き」や「したい」を大事にできている人のことを素敵だと思う.

うちの🐹のメメだって,実家の猫たちだって,いつもわたしに噛みついてくるし ご飯も好き嫌いしてわがままだし,悪戯ばかりで少しもこちらの都合を考えてくれないけれど,飼い主やSNSのフォロワーさんからとっても愛されている.
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