こんにちは。
利用者の
看護学校では、「普通」という表現はできるだけ使わないように教えられているそうです。
それを聞いて、私は「なるほどな」と思いました。
なぜなら、自分にとっての普通と、他の人にとっての普通は違うからです。
私自身、幼いころ父と母に厳しく育てられました。
「こうしなさい」
「ちゃんとしなさい」
「これくらいできて当たり前」
そんな環境の中で育ったので、私の中にある「普通」は、もしかすると他の人より少し厳しめにできているのかもしれません。
自分では当たり前だと思っていたことが、他の人にとっては当たり前ではない。
反対に、私には「そんなに頑張らなくてもいいのでは?」と思うことを、その人にとっては大切にしていることもあります。
考えてみれば、それは当然のことなのですよね。
人はそれぞれ、育ってきた環境も違えば、経験してきたことも違います。
だから、一人ひとりの中にある「普通」も違っていていいのだと思います。
私は、自分の考えを無理に変える必要はないと思っています。
「私はこう思う」
「私はこうするのが自然」
そんな自分の「普通」を持っていていい。
でも同時に、
「あなたはそう考えるんだね」
「私とは違うけれど、そういう考え方もあるんだね」
と思えるようになれたらいいなと思います。
自分の「普通」を相手に押しつけるのではなく、相手の「普通」も否定しない。
それができると、人との違いを少し優しい気持ちで受け止められるようになるのかもしれません。
昔の私は、自分の中の「普通」を基準にしてしまうこともありました。
でも今は、
「私の普通は、私が生きてきた中で作られたものなんだ」
と思えるようになってきました。
そして、相手にもその人が生きてきた中で作られた「普通」がある。
そう考えると、違っていて当たり前なのかもしれません。
自分の「普通」を大切にしながら、
相手の「普通」も大切にする。
「私はこう思う。でも、あなたはそう思うんだね。」
そんなふうに、お互いの違いを認められるようになったら素敵ですね。
「普通」という言葉を少し手放してみると、
人との違いが、少しだけ優しく見えてくるのかもしれません。

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