みなさん、こんにちは。
キャリカク小山駅利用者のMです。
「不登校一歩手前」と気づいたのは、あとから振り返ってのことでした。そのときはまだ普通に学校に行けていて、「大丈夫」と思っていましたが、少しずつサインは出ていました。
今思えば、はっきりした変化ではなく、毎日の中に小さな違和感が積み重なっていたのだと思います。元気な日もあるため見過ごしそうになるのですが、振り返ると確かに“いつもと違う状態”が続いていました。
例えば、朝の準備にかかる時間が少しずつ長くなったこと。以前は楽しそうに話していた学校の出来事をあまり話さなくなったこと。帰宅後に疲れた様子でぼんやりしている時間が増えたこと。本当に小さな変化でした。
一つ一つは単体では「疲れているだけかな」「成長の過程かな」と思える程度で、親としても深刻には受け止めきれていませんでした。ただ、それが毎日のように続いていくことで、後から振り返ると心の負担が積み重なっていたのだと気づかされます。
また、笑顔はあるのに目の奥が疲れているように見える日もありました。その頃からすでに無理をしていたのかもしれません。さらに、些細なことで涙が出たり、普段なら気にしない一言で落ち込んだりすることも増えていきました。
やがて、朝の支度が急に遅くなり、登校時間が近づくと「お腹が痛い」と言うようになりました。ランドセルを背負うまでに時間がかかり、「今日は行きたくない」と小さく言う日も増えていきました。学校の話題になると急に黙ったり、表情が曇ることもありました。
一番迷ったのは、休ませるか行かせるかの判断でした。休めば戻れなくなるのではないかという不安があり、無理に送り出した日は泣く姿に胸が痛みました。どちらを選んでも正解が分からず、親も一緒に悩み続けていました。
そこで少しずつ、「全部行く」という前提をやめることにしました。保健室だけ行く日や、休む日も認めるようにしていきました。
すると少しずつ気持ちが落ち着いていく様子が見られるようになりました。朝の緊張が和らぎ、「今日はどうする?」と本人に選択肢を渡せることで、親子のやり取りも以前より穏やかになっていきました。
行けない日があっても責めないと決めたことで、家の中の空気も少しずつ変わっていったように思います。
同時に、学校にも早めに相談しました。教室以外の居場所を作ってもらったり、無理のない参加の仕方を一緒に考えてもらったりする中で、「行けない=ダメ」ではなく、「今は調整が必要な時期」という見方に少しずつ切り替わっていきました。
家庭だけで抱え込まないことの大切さを実感しました。
不登校の一歩手前は、突然起こるものではなく、小さなサインの積み重ねでした。大切なのは学校に戻すことそのものより、その子が安心できる状態を守ることだと感じています。
そして、元気に見える日があっても無理をしていることがあるという前提で見守ることが、結果的には回復への近道になるのかもしれません。
少しずつでも「今日はここまでできた」という小さな成功体験を積み重ねていくことが、また次の一歩につながっていくのだと思います。
まだまだ悩んでいる途中ではありますが、前進するといいなと思う気持ちは今も変わりません。うまくいかない日もありますが、そのたびに立ち止まりながら、少しずつでも良い方向に進めたらと思っています。完璧を目指すのではなく、今日できたことを大事にしながら、親子で無理のないペースを見つけていけたら、それで十分なのかもしれません。
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