こんにちは。
利用者のMです。
今日は地元の中学校で運動会が行われていました。犬の散歩をしながらたくさんの人がいるのをみかけました。
朝早くから、PTAの方々が保護者の皆さんを誘導されていて、たくさんの人の支えの中で運動会が開かれているのだなあと感じました。
その光景を見ながら、ふと娘の中学校時代を思い出しました。
今、娘は20歳。
あれは5年から7年前のことになります。
当時の私は、うつの状態が強く出ていて心にも体にも余裕がなく、運動会のお弁当を作ることができませんでした。材料は買うのですが作るという行動にうつせずにいました。
周りのお母さんたちが朝早くからお弁当を準備している姿を見るたびに、申し訳ない気持ちになっていたことを覚えています。
そんな中、運動会のお弁当は主人が作ってくれました。
主人には『娘の運動会に母親がどうしてお弁当をつくってあげられないの?』とせめられながら…
あの頃は「できない自分」ばかり見てしまっていました。
こころなしか主人にも理解してもらえないのか…と泣きたい思いを心に閉じ込めていました。
そして今の運動会は、コロナ禍をきっかけに午前中で終わる学校も増えました。
お昼のお弁当を家族みんなで囲む風景も、少しずつ変わってきたように感じます。
だからこそ、あの頃なら、もっと肩の力を抜いて運動会に参加できたのかな…と思うことがあります。
「お弁当を作れなかった」という申し訳なさを、少し軽く感じられたのかもしれません。
でも、時がたって思うのです。
大切なのは、完璧なお弁当ではなく、その場にいたこと。
子どもの姿を見守り、一緒に応援したこと。
家族で一日を過ごしたこと。
運動会のにぎやかな声を聞きながら、あの頃の自分へ
「ちゃんと頑張っているよ」
そう、少し優しく声をかけたくなった一日でした。

CONTACT


