こんにちは、利用者のAです!
今回は最近の出来事について書いていこうと思います。
私は昔から悩みや不安ごとを人に話すのが苦手でした。
相手の顔色を常に伺い、ほんの少しの変化に敏感になるからです。
相談事をした後の飽きた顔や、ダルそうな顔をみると話せなくなります。
ですが最近、感情的になることがありました。
数年精神科に通院していましたが、初めて主治医に自分の気持ちをぶつけました。
体調の不安・将来の不安・自分自身との葛藤
今までずっと悩んでいましたが、自分の中で消化出来ませんでした。
双極性障害の私が、完全に安定させることは難しいと思っています。
「寛解を目指したい」と伝えた際「寛解というより安定を目指します」と言われました。
安定とは何なのか…
双極性障害の安定は【低め安定】です。
鬱にも躁にもならず、下の方で安定させるということです。
それを聞いたとき素直に思ってしまいました
「低いところでの安定なんて何が楽しいのか」「嬉しい・楽しいという感情も鈍い状態で過ごす毎日に意味なんてないのではないか」
日々生きていく中で、楽しい、嬉しいといったプラスの感情はとっても大切だと思います。
躁状態が落ち着いた今、主治医に「生きていて楽しくない!最高の気分になることがない!」と言いました。
それに対して主治医は「普通に生きていたら人生別に楽しくないです。双極性障害の躁状態は、気力の前借りをしているだけであって、その後一気に落ちるのは当たり前の事。」と言っていました。
そっかあ…気力の前借りかあ…
私は元々テンションがぶちあがるタイプではないので、双極性障害になったあとのテンションに驚かれることが多かったのですが、主治医の言葉を聞いてなんとなく納得しました。
将来の不安は双極性障害になってから消えることのない問題です。
様々な支払い、家事、仕事…
それらをこの先何十年と続けることが出来るのか。
お金のことは毎日考えて、涙が出ます。
そのたびに思います
普通になりたい、病気の自分に価値がない…と。
そんな不安も主治医にぶつけました。
「あなたは診察のたびに、自分は甘えているのではないか、もっと出来るのではないかと言うけれど、病気になる前の生活はもう諦めて下さい。ハンデを背負っている以上、多少の助けは必要です。」と言われました。
ストレートな容赦ない意見に悲しくなった反面、気持ちが楽になりました。
今まで周りは根性論で、治らないのは私が甘えているからだと思っていました。
昔の私に戻れなくては、自分自身に価値がないんだと、ずっと思っていました。
そんな悩みや葛藤が、主治医の言葉で少し和らぎました。
頑張っても頑張っても周りと同じように出来ない…でもそれは甘えじゃないんだ、と。
精神疾患には希死念慮があります。
この世から消えてしまいたいという気持ちです。(一応ニュアンスは少し変えています)
その感情に苦しんでいた時「そんなおもいはさせたくない」と言ってもらったことがあります。
苦しかった当時、その言葉がとても嬉しかったです。
でも病気はそんなに甘くはありません。
こんなにも優しい言葉をかけてもらっても、消えてしまいたい感情が消えないのです。
正直悔しいです。悲しいです。
薬を何度調節しても「正解」が見つかりません。
周りの人に迷惑をかけたくない、もっと頑張りたい、笑っていたい。
そんな気持ちも思ったようにはいかず、悩みながら過ごしています。
きっとこれから先、何度も何度も悩み、苦しむと思います。
病気の苦しさで消えてしまいたいと思うこともあると思います。
正解はわからないけれど、なんとなく進んでいけたらいいなと思います。
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