こんにちは、キャリカク小山駅に所属しているC.O.です。
いきなりですが、
卒業した学校の名前を言うと周囲はびっくりしますが、中学2年の夏休みから新聞配達を
やっていたことを言うと、さらにびっくりします。中学2年から高校3年の夏休みの
終わりまでと、予備校時代は新聞配達はしませんでしたが、大学1年の時に新聞奨学生
と して やっていました。今、思うと、よく親が金がない金がないと言っていたので、それを
信じ込んで新聞配達をやり始めたのをおぼえてます。と いうか、中学2年の子供が、
新聞配達をすると言い出した時に、本当に新聞配達のバイトを、新聞屋の人と 話し合い、
仕事をもらってきたのだから、今思うとあきれる。普通なら、新聞配達やるのなら、
金はやるから代わりに勉強しろ、 と 言ってくれるのが本当じゃないか、と 思い、
新聞配達に時間を使ったことを残念に思うことがあります。実際、中学の担任の教師が
校長先生の許可を受けないといけないんだよ と 言ってましたが、親は許可を取りませんでした。
高校の時も新聞配達はやっていました。さすがに、高校になると、授業を受けるのに
文系の科目は予習をしているのが当たり前の速さで授業を進めていくので、授業に
ついていけないところがありました。理系は、予習には時間をかけなくても、復習というか、
問題を解いてればよかったので、理系の科目は授業が分かりました。親がなくなって、
何年かして、新聞配達するだけの時間を英語の勉強に時間かけてたなら、人生もう少し
変わってたかもしれない と 思うことがあります。なくなった親のことを悪く言ううんじゃない
と 病院の先生は言ってましたが。親が学校には無頓着で、“なんで、普通科行ったんだ。
学校終わってもすぐ働くことできないじゃないか” と 怒られたのは覚えてます。
私も金がないと思ってたので、中学の進路担当の先生に“大学行く金がないので、
普通科ではなく、商業科 行きたいのですが”と 訴えたこともありますが、先生は
商業科には進路変更してくれませんでした。まぁ、大学行って、高校出の人よりは
世界の広さ、狭さ?を知りましたが。大学で、銀行の国際通信部でバイトして、地球の裏側まで
情報を送ってたのはためになりましたし、インターネットのような通信網を理解できたのは
今でも頭と身体にしみついてます。
すいません、愚痴になってしまいましたかね。

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