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おはこんばんは~😊
きゃり~です😻🙂
今日は何の日かな~

スタジオジブリ設立(1985年) です
1985年6月15日に産声を上げたスタジオジブリ
今や世界中にファンを持つアニメーション制作会社ですが
その始まりは決して順風満帆なエリート集団ではありませんでした
ジブリは、最初から大きなスタジオがあったわけではありません
『風の谷のナウシカ』の成功:1984年に公開された『ナウシカ』のヒットを受け
宮﨑駿・高畑勲両監督が「自分たちの理想の作品をじっくり作るための拠点」として設立しました
徳間書店のバックアップ:映画制作には莫大な資金が必要ですが
出版社である徳間書店の出資によってこの場所が確保されました
第一作は『ラピュタ』:設立後に初めて制作された作品が
1986年の『天空の城ラピュタ』です
「ジブリ(GHIBLI)」という名前は、宮﨑駿監督によって名付けられました
サハラ砂漠に吹く熱風:イタリア語で「サハラ砂漠に吹き荒れる熱風」を意味します
「日本のアニメーション界に旋風を巻き起こそう!」という強い意気込みが込められていました
実は「ギブリ」?:第2次世界大戦中のイタリアの軍用偵察機の名前でもありましたが
本来のイタリア語の発音は「ギブリ」に近いものです
しかし、宮﨑監督が「ジブリ」と思い込んでいたため、そのまま定着したというエピソードがあります
初期のジブリは、今のような「大企業」ではありませんでした
リスクを取る制作スタイル:作品がヒットしなければ次はない、という背水の陣で制作していました
当時は社員ではなく、作品ごとにスタッフを集めて解散するシステムでした
社員化への踏み出し:後に『魔女の宅急便』が記録的なヒットを飛ばしたことで
ようやくスタッフを「社員」として雇用し、育成する体制が整いました
ジブリを語る上で欠かせないのが、プロデューサーの鈴木敏夫氏です
宣伝の天才:それまで「子供のもの」だったアニメを
大人も観るべき「映画」として日本中に広めたのは、彼の卓越した宣伝コピーやメディア戦略によるものでした
宮﨑・高畑の盾:制作に妥協しない監督たちを守り
資金を集め、世に送り出す「ジブリの軍師」としての役割を担い続けてきました
トトロがロゴになった理由:『となりのトトロ』は公開当時は興行的に苦戦しましたが
その後のテレビ放映やキャラクターグッズで爆発的な人気となりました
これを受けて、トトロがジブリのシンボルマーク(ロゴ)に採用されたのです
ジブリ飯のこだわり:ジブリ作品に登場する食べ物が美味しそうなのは
宮﨑監督が「食べること」を生きる力の象徴として非常に大切に描いているからです
日本のアニメーションの歴史を塗り替え、今もなお熱風を送り続けているスタジオジブリ
その原点は、「自分たちが本当に観たいものを作る」という純粋な情熱の火を灯したこの日だったのです~😁😁
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