朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です!!
本日生まれた有名人&芸能人は。。。。

故 中曽根康弘 (1918年) さんです
第71〜73代内閣総理大臣を務めた中曽根康弘(なかそね やすひろ)氏
戦後政治の総決算」を掲げ、日本のあり方を大きく変えた、戦後屈指のリーダーシップを持つ政治家です
群馬県高崎市の出身(現在の群馬県立高崎高校から東大へ)ということもあり
地元では今もなお絶大な知名度を誇ります
若手議員の頃は、時代の流れを敏感に察知して立ち回る姿から「風見鶏」と揶揄されることもありました
しかし、いざ首相の座に就くと、それまでの「調整型」とは一線を画す
強力なトップダウンの「大統領型首相」として振る舞いました
長期政権: 1982年から約5年間、当時の戦後第4位となる長期政権を築き、強い日本を世界に印象付けました
中曽根政権の最大の功績の一つが、巨大な国営組織の民営化です
国鉄(現JR)、電電公社(現NTT)、専売公社(現JT)の民営化を断行しました
特に赤字に苦しんでいた国鉄の分割民営化は
労働組合との激しい対立もありましたが、現在の日本のインフラの基礎を作る大きな転換点となりました
外交面では、アメリカのロナルド・レーガン大統領と極めて親密な信頼関係を築きました
お互いをファーストネームの愛称で呼び合う「ロン・ヤス」関係は
日米同盟をかつてないほど強固なものにしました
同時に、アジア外交においても中国や韓国との首脳会談を積極的に行い
冷戦下における日本の国際的地位を高めました
2019年に101歳で亡くなるまで、生涯現役の政治家・論客として活動し続けました
読書家と勉強: 膨大な読書量に裏打ちされた深い教養を持ち
死の間際まで日本の将来を憂い、憲法改正や外交政策について提言を続けました
「中曽根裁定」: 首相退任後も、後継指名(竹下登氏の指名)などでキングメーカーとして政界に君臨し
「大勲位」の通称でも親しまれました
エピソード:日の出山荘 東京都日の出町にある自身の別荘「日の出山荘」にレーガン大統領を招き
自らちゃんちゃんこを着てお茶を点ててもてなしたエピソードは有名です
このリラックスした交流が、後の「ロン・ヤス」関係の象徴となりました
5月27日に生まれ、101年後の5月29日に世を去った中曽根氏
まさに5月末のこの時期は、日本の戦後史を象徴する政治家の「生と死」が重なる
深い因縁を感じさせるタイミングでもあります
群馬出身の総理の中で一番活躍した人ですよね~
今はお孫さんが引き継いで国会でがんばっておられますよね
きゃり~も政治家になろうかしら!!!脱酸素!!
しんじゃうがな・・・😭😭😭
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