朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です😻🙂
今日は何の日かな~

🎮 ファミコンの日 です
今や世界を牽引する日本のゲーム文化ですが、そのすべての原点にして最大の爆発点となったのが
1983年(昭和58年)のこの日でした
当時の大熱狂の裏側や、任天堂の天才的なこだわり
ファミコン(ファミリーコンピュータ)が発売された1983年7月15日
実はこの日、ゲームの歴史において「奇跡の同時発売」が行われていました
なんと
ライバル会社であるセガ(SEGA)初の家庭用ゲーム機「SG-1000」も
まったく同じ1983年7月15日に発売されているのです
日本のツートップとなるゲームメーカーが、同じ日の同じ店頭で真っ向勝負を始めたという
今考えても信じられないくらい熱い1日でした
結果として、ファミコンは『ドンキーコング』や『ポパイ』といった
当時ゲームセンターで大人気だったゲームが「ほぼそのままのクオリティで家で遊べる!」
という圧倒的な性能の高さで一気に市場を席巻していくことになります
ファミコンといえば、あの独特な「えんじ色(赤紫)と白」のカラーリングが強く印象に残っていますよね
スタイリッシュな黒やグレーが主流だった当時の家電の中で、なぜあの色が選ばれたのか
そこにはいくつかの面白い説があります
プラスチックのコスト説
当時、一番安く大量に仕入れることができたプラスチックの素材が、たまたまあの「えんじ色」だったという、製造コスト上の理由が有名です
社長のお気に入り説
当時の任天堂の社長・山内溥(ひろし)さんが着ていた「お気に入りのマフラー(またはラジコン飛行機)」の色がこのえんじ色で、社長の一声で決まったという説もあります
いずれにせよ、あの「おもちゃっぽくて親しみやすい色」だったからこそ、子どもたちの部屋にすんなり馴染み、お茶の間の主役に躍り出ることができたのは間違いありません
ファミコンのコントローラーは、現代のあらゆるゲーム機(PlayStationやSwitchなど)の基本形を作った偉大な発明です
それまでのゲーム機は、アミューズメント施設のような「レバー」や「ダイヤル」が主流でした
しかし、任天堂は子どもが床に座って手元で見なくても操作できるよう
親指だけで動かせる「十字ボタン」を開発して搭載しました
さらに、「コントローラーが本体の横にカチッと収納できる」というデザインも
おもちゃとしての片付けやすさを徹底的に考え抜いた、当時の任天堂の優しさが詰まった設計だったのです
その後、1985年に『スーパーマリオブラザーズ』が発売されると
ファミコンの人気は社会現象となり
世界中で「カセットの端子にフーフーと息を吹きかける子どもたち」が大量発生することになります
昭和、平成、令和と時代が流れても、私たちの「ゲームの思い出」の根っこにあるファミコン
7月15日は、あのピコピコとした懐かしい8bitのサウンドに耳を傾けてみたくなる日ですね
ドンキーコングってそんなにむかしからあったのは知りませんでした・・・
きゃり~はいくつか後からしてたんですね!恐るべし、ファミコン。😭😭
みなさんはご存じだろうか。
ファミコンの中の基盤はアポロに行った時の装置よりもすぐれていたという噂を!
そして、もう一つ、北〇鮮の軍事用のPCはウインドウズ98が使われてるという噂・・・
信じるか信じないかはあなた次第!!!😎😎👍
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