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おはこんばんは~😊
きゃり~です😻🙂
今日は何の日かな~

🚰 日本最高水道記念日 です
蛇口をひねれば、そのまま飲めるほどきれいで安全な水が当たり前に出てくる日本。世界でもトップクラスを誇るこの日本の水道システムは、1887年(明治20年)のこの日、神奈川県の横浜市から始まりました。
実は、日本には江戸時代から「神田上水」や「玉川上水」といった有名な水道(上水)システムがありました。しかし、これらは川から引いてきた水をそのまま木や石で作った管(木樋)に通して流すだけのものでした。
これに対して、7月21日に横浜で始まったのは「近代水道」と呼ばれる全く新しい仕組みです。
この3つの条件(特に「ろ過した水を鉄の管で圧力をかけて送る」こと)を満たした水道が、日本で初めて産声を上げたのがこの日だったのです。
東京(江戸)ではなく、なぜ横浜が最初だったのか。そこには、幕末の開国によって急速に発展した港町ならではの「切実すぎる理由」がありました。
横浜は、もともと海を埋め立てて作られた場所が多かったため、井戸を掘っても塩分を含んだ泥水しか出ず、まともな飲み水が十分に確保できない土地でした。周辺の川から船で水を運んで売り歩く「水売り」から水を買うなど、住民は常に水不足に悩まされていたのです。
開国によって海外からたくさんの船がやってくるようになると、港を通じて「コレラ」などの恐ろしい感染症が日本に次々と持ち込まれました。 当時の不衛生な井戸水や古い水道を通じて一気に感染が広がり、何万人もの死者が出る大惨事となったのです。「街を滅ぼさないために、一刻も早く衛生的で安全な水が必要だ!」という極限の危機感が、近代水道の建設を急がせました。
この横浜のピンチを救ったのが、イギリスの陸軍大佐であり優れた土木技師でもあったヘンリー・スペンサー・パーマーという人物です。
神奈川県から依頼を受けたパーマーは、横浜から遥か約44kmも離れた相模川の支流(道志川との合流点付近)から、はるばる鉄管を引っ張ってくる壮大な計画を立てました。 山を越え、谷を渡る大工事の末、ついに1887年7月21日、横浜の街に日本初のクリーンな水が勢いよく流れ出しました。
横浜の「獅子頭共用栓(ししがしらきょうようせん)」 水道が通った当初は、まだ各家庭の中に蛇口があるわけではなく、街のあちこちに設置された「公衆サテライト(共用栓)」にみんながバケツなどを持って水を汲みに行っていました。 イギリスから輸入されたその共用栓には、美しいライオン(獅子)の頭のデザインがあしらわれており、当時の横浜市民にとっては、文明開化を象徴する最高にハイカラなスポットだったそうです。(今でも横浜の「「港の見える丘公園」などに復元されたものが残っています)
横浜で大成功を収めたこの近代水道の技術は、その後、函館、長崎、大阪、そして東京へと瞬く間に全国へ広がっていきました。
私たちが毎日、料理や洗顔、お風呂で何気なく使っている水道水。7月21日は、140年近く前に日本の衛生環境をガラリと変え、たくさんの命を救った「最初のひとしずく」に、そっと感謝したくなる記念日ですね。
きゃり~はお水をがぶ飲みしすぎておなか壊すことがしばしば・・・一番お水が好きです。だって飽きないもん😭😭
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