朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です!!
本日生まれた有名人&芸能人は。。。。

佐藤次郎さん です
実は、現代の錦織圭選手や大坂なおみ選手が登場するはるか昔
日本テニス界が「最強」だった時代の伝説的なプレーヤーです
群馬県出身の彼がどれほど凄かったのか、そしてその壮絶な人生
佐藤次郎さんは、1933年に当時の世界ランキングで3位まで上り詰めました
これは日本人男子として史上最高位であり、長年「不滅の記録」と言われてきました
四大大会での実績: 全英(ウィンブルドン)、全仏、全豪のすべてでベスト4に進出
ベスト4進出回数は計5回: これは現在でも日本人歴代最多記録です
彼は1908年に群馬県北群馬郡長尾村(現在の渋川市)の大きな農家に生まれました
渋川高校(旧制渋川中学)出身: 母校である渋川高校の校門近くには
今も彼の功績を称える胸像が設置されています
ポーカーフェイスの貴公子: どんな厳しい試合でも表情を変えない冷静沈着なプレースタイルから
「ポーカーフェイス」と呼ばれ、世界中のファンを魅了しました
彼の人生は、26歳という若さで突然の幕を閉じます
1934年の事件: デビスカップ(テニスの国別対抗戦)の日本代表主将として
船で欧州へ向かっている途中、マラッカ海峡で投身自殺を図りました
重圧と責任感: 当時の日本はテニス強豪国であり
彼は「日本のエース」として凄まじいプレッシャーを背負っていました
体調不良(胃腸炎)に悩み、思うようにプレーできない自分を許せなかったと言われています
残された遺書: 遺書には「卑怯の罪を許されんことを請う」といった
あまりにも真面目で責任感の強い言葉が綴られていました
彼の死は当時の日本だけでなく、世界中のテニス界に大きな衝撃を与えました
錦織圭選手が世界ランキング4位になった際
この佐藤次郎さんの「3位」という壁が改めて注目されたのは記憶に新しいですね
群馬県民としては、渋川からこれほどまで世界を席巻した人物がいたことは大きな誇りです
渋川高校の近くを通る際や、テニスのニュースを見たときに
ふと思い出してみるようにこれからはします!🙂🙂👍
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