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おはこんばんは~😊
きゃり~です!!
本日生まれた有名人&芸能人は。。。。

スガシカオ(1966年7月28日) さんです
唯一無二のファンキーなグルーヴと、人間の本音をあぶり出す生々しい歌詞世界。日本の音楽シーンに強烈な足跡を刻み続ける
今でこそ音楽界の重鎮ですが、スガさんのデビューは当時の常識からすると驚くほど「遅咲き」でした
4年間のサラリーマン生活 大学卒業後、音楽の道を一度諦めて制作会社に就職。約4年間、きっちり会社員として働いていました。しかし、どうしても音楽への情熱を捨てきれず、28歳の時に辞表を提出
そこから下積みを経て、1997年にシングル『ヒットチャートをかけぬけろ』でメジャーデビューした時は30歳になっていました。
当時は「新人アーティストといえば10代〜20代前半」が当たり前だった時代。
「業界の常識では考えられない遅すぎるデビュー」と言われながらも、会社員経験があるからこその「大人のリアルな視点」が、彼の最大の武器になりました。
スガシカオという名前を日本中に広く知らしめた最大のきっかけは、1998年にSMAPに作詞提供した『夜空ノムコウ』です。
教科書に載るほどの国民的名曲 SMAP初のミリオンセラーとなり、のちに中学校の音楽の教科書にも掲載されました。
この歌詞、実はスガさんが「締め切りに追われまくって
札幌に向かう飛行機の中や、ホテルの部屋で必死に書き殴ったもの」なのだそう。
当時のスガさんはまだデビュー2年目。
「あれから僕たちは 何かを信じてこれたかなぁ」というあのあまりにもリアルで切ないフレーズは、
30歳を過ぎて遅咲きの勝負に出たスガさん自身の「未来への不安と葛藤」がそのまま投影されているからこそ、
あれだけ多くの人の胸に刺さる名曲になりました。
スガさんを語る上で外せないのが、NHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』の主題歌『Progress』(「あと一歩だけ、前に進もう」というあの曲)です
番組のために結成された奇跡のバンド この曲はソロ名義ではなく
音楽プロデューサーの武部聡志さんらと結成したスペシャルバンド「kōkua(コクア)」の楽曲です
番組の顔として20年近く流れているこの曲の歌詞について、
スガさんは「頑張れ」という無責任な応援歌にはしたくなかったと語っています
泥臭くても、不器用でも、それでも「あと一歩だけ」と自分を奮い立たせるリアルな大人の応援歌は
今も多くの働く人々のバイブルとなっています
2011年、デビュー15周年という節目に、スガさんは所属事務所からの独立を発表
誰もが驚いたのは、その後に彼が選んだ道でした
アラフィフにして「完全フリーのインディーズ」へ 大手のバックアップをすべて捨て
自らCDを梱包し、配送し、機材を車に積んで全国のライブハウスを回るという完全なフリーランス活動を始めました
その理由は、「自分が心血注いで作った曲を、一番生々しい形のままリスナーに届けたかったから」
メジャーの大きな仕組みの中にいると、どうしても作品が綺麗にパッケージ化されすぎてしまう
もっと泥臭く、作った瞬間の熱量のまま届けたいという、
まさに「根っからの職人・表現者」としての究極の選択でした(その後、2014年に理想の形で再びメジャー復帰を果たしています)
【本名に隠された驚きの雑学】 「スガシカオ」という名前、カタカナなので芸名だと思われがちですが
実は**「菅 止戈男」と書く本名です
この「止戈(しか)」という漢字は
中国の古い言葉(武の文字の成り立ち)で「戈(ほこ=武器)を止める」
つまり「平和」を意味する、ものすごく深いメッセージが込められたお名前なんです
自身の葛藤や人間のドロッとした本音を、これほどまでに格好いいファンクサウンドに乗せて歌えるのは
日本でスガシカオさんしかいません。還暦を迎えてもなお、その尖った感性は全く衰えていません
きゃり~は最初、スガシカトって変わった名前よねって思ってました
2年くらい・・・・でも音楽番組で違うことを知り笑った記憶があります
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