727 「テレビを辞める」日本中に大バッシングされた転換点
2026年07月27日 / 前橋駅
朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です!!
本日生まれた有名人&芸能人は。。。。
西野亮廣(1980年7月27日) さんです
お笑い芸人としてデビューし、現在は絵本作家、実業家、クリエイターとして常に時代の最先端を走り続け「日本一嫌われ、日本一応援される男」とも言われる彼。
. 20歳で天下を取った「エリート芸人」としての絶頂
今でこそビジネスやアートのイメージが強い西野さんですが、芸人としてのスタートは「超」がつくほどのエリートでした。
- 異例のスピード出世 梶原雄太さんと結成した「キングコング」は、結成直後から関西の賞レースを総なめに。そして2001年、当時まだデビュー2年目(20歳)という異例の若さで、フジテレビの伝説的コント番組『ハねるのトびら』のセンター(事実上のMC)に大抜擢されます。
- 毎週のように高視聴率を叩き出し、一躍全国区のスターに上り詰めました。
2. 「テレビを辞める」日本中に大バッシングされた転換点
人気絶頂の25歳の時、西野さんは周囲に「テレビのひな壇に出るのを辞める」と宣言します。
- タモリさんの一言がきっかけ この決断の裏には、大先輩であるタモリさんからの「お前は絵を描け」というアドバイスがありました。テレビの世界でいくら頑張っても、ビートたけしさんや明石家さんまさん、そしてダウンタウンさんといった偉大な先人たちが作った「お笑いのレール」の上を走っているに過ぎない、と気づいたのです。
- しかし、当時の世間からは「芸人のくせにカッコつけている」「意識高い系」と捉えられ、ここから長い長い大バッシングの時代へと突入することになります。
3. 分業制で挑んだ『えんとつ町のプペル』の世界的ヒット
絵本作家に転身した西野さんが、周囲を見返す最大のターニングポイントとなったのが、2016年発売の絵本『えんとつ町のプペル』です。
- 絵本業界の常識を覆す「分業制」 それまで絵本は1人の作家が描くのが当たり前でしたが、西野さんは「1人で描くから映画のような圧倒的なクオリティに勝てないんだ」と考え、クラウドファンディングで資金を集め、イラストレーターや背景画家など約40人のクリエイターを集めた「分業制」で制作しました。
- この戦略が見事に当たり、絵本は70万部を超える異例の大ヒット。2020年に公開された映画版も、観客動員196万人、興行収入27億円を突破し、日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞。世界中で上映される一大コンテンツへと成長しました。
4. 国内最大級のオンラインサロンと「コミュニティ」の天才
西野さんは、現在日本のオンラインサロンの先駆者であり、彼が主催する「西野亮廣エンタメ研究所」は一時会員数が数万人を超える国内最大級の規模を誇りました。
- 彼は単にビジネスのノウハウを教えるのではなく、「みんなで1つのエンタメ(映画やミュージカル、町づくり)を作り上げる」という物語を共有しています。
- ファンや会員を「お客さん」ではなく「一緒に挑戦する仲間」に変えるコミュニティ作りの手腕は、現在のマーケティング業界でも教科書にされるほど高く評価されています。
【プチ雑学】 実は、相方の梶原さん(現在は大人気YouTuber・カジサックとして活躍)が『はねるのトびら』のプレッシャーで一時失踪し、芸能界を引退しようとした際、引き止めてコンビを守ったのは西野さんでした。お互いに歩む道は大きく変わりましたが、現在でもYouTubeで共演する際は、誰よりもお互いの実力を認め合っている最高の相棒関係が続いています。
きゃり~はプペルを見たことは無いんですけど、この方は勘違いされやすい人なのかなぁと感じていました。2も公開されて伸び悩んでる見たいでしたが内容は良いと書いてあったので後で見てみようと思います。国宝みたいに泣けたらブログにアップします!!
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