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おはこんばんは~😊
きゃり~です!!
本日生まれた有名人&芸能人は。。。。

笠置シヅ子(歌手・『東京ブギウギ』 / 1914年生まれ) さんです
NHK朝ドラ『ブギウギ』のヒロイン(ヒロイン名:花田鈴子)のモデルとしても記憶に新しい、昭和の大スター「ブギの女王」
敗戦直後の暗く落ち込んでいた日本に、弾けるような歌声と圧風のダンスで彗星のごとく現れ、日本中を元気づけました。
『東京ブギウギ』(1947年)
笠置さんの代名詞にして、昭和歌謡史に燦然と輝く大ヒット曲。
当時としては斬新すぎた「ステージ上を縦横無尽に動き回り、全身でリズムをとって踊り歌う」スタイルが、人々に強烈な勇気と解放感を与えました。
ヒット曲の数々
『買物ブギー』(「オッサン、オッサン…」の掛け合いで有名)や『ジャングル・ブギー』など、一度聴いたら忘れられないパワフルな名曲を連発しました。
笠置シヅ子さんの音楽人生を語る上で欠かせないのが、作曲家・服部良一さんの存在です。
運命の出会い
1938年、服部さんが彼女の歌声(当時は「三笠静子」名義)を聴き、「とてつもないジャズの才能がある」と一目惚れ。
名曲を生み出す黄金コンビ
服部さんは笠置さんの独特なハイトーンと圧倒的なリズム感を最大限に活かすため、次々と「ブギ」のリズムを取り入れた楽曲を提供。日本の和製ジャズ・ポップスの礎を築きました。
華やかなステージの裏で、彼女の私生活は非常に切なく、そして力強いものでした。
運命の恋人・吉本穎右(えいすけ)さんとの出会い
吉本興業の創業者の御曹司である吉本穎右さんと深い愛で結ばれますが、結婚を目前に穎右さんが病に倒れ、わずか23歳で急逝してしまいます。
愛娘の誕生と決意
穎右さんの死のわずか数日後、笠置さんは1人で娘(ヱイ子さん)を出産。
最愛の恋人を失った深い絶望の中、「この子を自分の手で育てる」と決意し、出産後わずか数ヶ月でステージに復帰。その直後に生まれたのがあの『東京ブギウギ』でした。
1957年(昭和32年)、43歳の時に笠置さんは「歌手を一切やめる」という重大な決断を下します。
なぜ絶頂期に歌手をやめたのか?
「自分の納得がいくダイナミックな歌と踊りができなくなったから」という理由でした。「廃業」を宣言してからは、1度も公の場で歌を披露することはなく、徹底してその美学を貫きました。
女優としての第二の人生
歌手引退後は、映画やテレビドラマ、TBSの看板番組『家族そろって歌合戦』の審査員など、人間味あふれる「大阪の親しみやすいおばちゃん」として親しまれ、お茶の間の人気者であり続けました。
美空ひばりさんとの確執と絆
デビュー当時の美空ひばりさんが「笠置シヅ子のモノマネ」で一躍有名になった際、笠置さん側が「自分の曲をそのまま歌われる」ことに複雑な思いを抱いた時期もありました。しかし、後年は互いの才能を認め合う特別な関係でした。
カネヨせっけんのCM
晩年、「カネヨクレンザー」のTVCMに出演。「お父さん、クレンザー買ってきて!」とお茶目に呼びかける姿が、昭和の食卓で大人気となりました。
きゃり~は朝ドラでしりました~。キャバレーってしらないけど、今でいうクラブとかなんでしょうね~。唄って踊って楽しそうです!💕💕👍
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