922 度重なる大けがと「肉体の改造」
2026年09月22日 / 前橋駅
朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です😻🙂
今日は何の日かな~
横綱・千代の富士が最多勝記録を樹立(1989年) です
1989年(平成元年)9月22日、大相撲の横綱・千代の富士貢(九重部屋)が、秋場所11日目にそれまで大鵬が持っていた通算最多勝記録(当時)を塗り替える965勝目を挙げた歴史的な出来事
1. 記録達成の背景と「ウルフ」の歩み
- 大鵬の記録を更新: 昭和の大横綱・大鵬が引退までに打ち立てた通算最多勝記録「964勝」は、長らく破られない大ピラミッドでした。これを、スピードと猛烈な突っ張り、そして鋭い寄り・投げを得意とする「小さな大横綱」千代の富士が、ついに肩を並べ、そして超えたのがこの時期です。
- 相撲界初の「国民栄誉賞」へ: この記録を樹立した1989年秋場所で、千代の富士は圧倒的な強さを見せつけて全勝優勝(29回目の優勝)を達成しました。この偉業と長年の角界への貢献が称えられ、同年9月29日には大相撲界初となる国民栄誉賞が授与されることになります。
2. 度重なる大けがと「肉体の改造」のドラマ
歴代最多勝という金字塔の裏側には、力士生命を脅かすほどの度重なる苦難がありました。
- 脱臼癖との闘い: 若手時代から、その激しい取り口ゆえに「肩の脱臼」に何度も悩まされました。全盛期であっても「いつ肩が外れるか分からない」という爆弾を抱えており、一時は引退をささやかれるほどの絶体絶命のピンチを経験しています。
- 鬼神のようなトレーニング: その弱点を克服するため、千代の富士は日夜凄まじい筋力トレーニングに励みました。特に1日500回を超える腕立て伏せなどによって肩甲骨周りや上半身に強靭な「筋肉の鎧」を作り上げ、脱臼癖を封じ込めて見事に復活を果たしました。このストイックな姿から、ファンや関係者の間で「ウルフ」の異名がさらに不動のものとなりました。
3. 30代を迎えてからの全盛期
通常、大相撲の世界では体重やパワーが重視され、30代を迎えた力士は衰えていくことが多いとされていました。しかし千代の富士は、30代に突入してからも進化を続け、全盛期さながらの輝きを放ちます。
- 31回の幕内優勝のうち、19回は30代になってからの優勝という驚異的な記録を残しています。
- 衰えを知らないスピードと、年齢とともに培われた巧みな技、そして圧倒的な精神力が融合し、昭和から平成へと変わる激動の時代を一人で牽引し続けました。
当時、日本中がその一挙手一投足に熱狂し、「体格の小ささをハンデではなく強さに変えた」千代の富士の生き様は、スポーツ界全体に多大な感動と勇気を与えました。
引退会見の体力の限界って言葉はきゃり~はしょっちゅう使ってました。千代の富士さんだとしらないで使ってた最初のころ。謝りたいです😭😭
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