928 なぜ「新清水トンネル」が必要だったのか?
2026年09月24日 / 前橋駅
朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です😻🙂
今日は何の日かな~
上越線の「新清水トンネル」が開通(1967年) です
1967年(昭和42年)9月28日、群馬県と新潟県を結ぶ上越線の難所・清水峠を貫通して開通した「新清水トンネル」の開業
1. なぜ「新清水トンネル」が必要だったのか?(上越線のボトルネック)
- 単線だった「清水トンネル」の限界: 上越線にはすでに、1931年に開通した全長9,702メートルの「清水トンネル」がありましたが、こちらは当時「単線」でした。そのため、群馬県側(水上駅)と新潟県側(越後湯沢駅)の間を行き来する列車の数に大きな制限がかかり、増え続ける輸送需要に対応しきれなくなっていました。
- 経済成長に伴う大動脈のパンク状態: 高度経済成長期に入り、首都圏と新潟・東北地方を結ぶ旅客・貨物の輸送量は急増。この交通のボトルネックを解消し、上越線を全線複線化して輸送力を大幅にアップさせるため、昭和の大プロジェクトとして新幹線のルートに先駆けて新たな長大トンネルの掘削が急ピッチで進められました。
2. 全長13,500メートル、当時日本最長のトンネル
- 圧倒的なスケール: 新清水トンネルの全長は13,500メートル(13.5キロ)。当時としては日本最長(※のちに国鉄・JRの在来線としては、1982年に開業した上越新幹線の大清水トンネルなどに抜かれるまで)の長さを誇る、巨大な地下の大動脈となりました。
- 群馬・新潟県境の激闘: 谷川岳の険しい山々と大量の湧水、さらには地圧や高温といった過酷な自然環境との戦いでした。最先端の土木技術や機械が動員され、多くの作業員の苦闘と犠牲の末に、難所中の難所を突破してついに全線複線化が完了しました。
3. 上越線の歴史と、今なお残る鉄道遺産
- 群馬側の玄関口としての役割: この新清水トンネルの開通によって上越線は劇的に便利になり、群馬県北部(水上温泉郷や谷川岳エリアなど)や新潟方面への観光・流通のアクセスが飛躍的に向上しました。
- 今につながる土木建築の歴史: 清水トンネル、新清水トンネル、そしてさらに後年につくられた新幹線のトンネル群は、日本の近代化と交通インフラの進化を語る上で欠かせない歴史的遺産です。現在でも、上越線の列車に乗ると、この長いトンネルを一気に抜けながら群馬と新潟の県境を越えていく旅情を楽しむことができます。
田中角栄さんがいたから出来た新幹線や高速ありますよね~。群馬は恩恵受けまくりです!!ありがとう角栄たん!!😭😭😁👍
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