909 65歳、無一文からの大逆転劇(フランチャイズの開拓)
2026年09月09日 / 前橋駅
朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です!!
本日生まれた有名人&芸能人は。。。。
カーネル・サンダース(実業家 / ケンタッキーフライドチキン創業者) さんです
世界中で愛されるケンタッキーフライドチキン(KFC)の創業者、カーネル・サンダース
1. 「カーネル」は名前ではなく「名誉称号」
- 本名はハーランド・デーヴィッド・サンダース
「カーネル(Colonel)」というのはファーストネームではなく、「名誉大佐(ケンタッキー・サンダース)」という称号です。彼が経営していたレストランや地域社会への貢献、食文化への功績が認められ、1935年にケンタッキー州知事から授与されました。あのトレードマークの白いスーツと蝶ネクタイは、南部ジェントルマンの象徴でした。
2. 40以上の職を転々とした苦難の青年・中年時代
- 小学校中退から始まった数々の挑戦
幼い頃に父親を亡くしたため家計を助けるべく、10歳の頃から農場などで働き始めました。その後も、鉄道の機関助手、保険の外交員、フェリーの運航会社設立など、40種類もの異なる職業を転々としながら懸命に生きてきました。
- ガソリンスタンドでの伝説的なおもてなし
30代後半で始めたガソリンスタンドでは、当時まだ珍しかった「窓拭き」や「タイヤの空気圧チェック」などの無償サービスを率先して行い、お客様を喜ばせることの原点をここで強く培いました。
3. 10年の歳月をかけた「オリジナルチキン」の誕生
- サンダース・カフェでの試行錯誤
ガソリンスタンドの脇で始めた小さなカフェ(のちのレストラン)で、ドライバーたちのために提供したフライドチキンが大評判となりました。
- 11種類のハーブ&スパイスと圧力鍋
「もっとおいしいチキンで人を幸せにしたい」という一心で、スパイスの調合や当時最先端だった圧力鍋の導入など、10年もの歳月をかけてあの「オリジナルチキン」のレシピを完成させました。
4. 65歳、無一文からの大逆転劇(フランチャイズの開拓)
- ハイウェイの変更で全てを失う
順調だったレストランですが、新しい高速道路(ハイウェイ)の建設によって客足が激減。借金を返済した結果、65歳にして無一文となってしまいます。
- 車中泊をしながらの執念の飛び込み営業
手元に残ったのは「フライドチキンのレシピ」と特製のスパイスだけでした。彼はこれを武器に、全米のレストランを車で回り、チキンが売れた分だけマージンをもらうという現在のフランチャイズの原型となるビジネスモデルをたった一人で開拓しました。時には車の中で寝泊まりし、何度も門前払いに遭いながらも諦めず、その味を世界へと広げていきました。
5. 日本との深い絆
- 「カーネルズ・デー」と日本への愛
1970年の日本上陸をはじめ、生前に3度来日するなど日本をとても気に入っていました。彼の誕生日の9月9日は、日本記念日協会によって「カーネルズ・デー」にも制定されています。また、街頭でおなじみのあの笑顔の立像(カーネル像)の風習は、実は日本のKFC関係者が海外の店舗で見かけたアイデアをヒントに発展させたものという、日本ならではのトリビアもあります。
「人は働きすぎてダメになるより、休みすぎて錆びついてダメになる方が多い」という言葉を体現し、生涯現役を貫いた、まさに不屈の情熱のレジェンドです。
28日きゃり~はほぼ毎月ケンタッキーを買いに行きます!ニワトリの日はお得ですよね~🤩🤩👍
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