こんにちは。
利用者のMです。
ネットを見ていたら〇室奈美恵さんの人生を綴ったものがありましたので紹介します。
奈美恵ちゃんちの団地の家賃は月5000円六畳一間の部屋だった。
3人の子供を養う母は保育士で、夜はホステスのかけもち。睡眠は毎日3時間『バス代も出せないよ』
奈美恵は学校でも目立たず地味な子だった。小5の時に、友達の誘いでダンススクールの見学に行った。
校長と面会した母は言う。『正直歌とか踊りとか、奈美恵が生きていくのに役に立つとは思えません』
校長は言う。『お金はけっこうです。私に預けて下さい。この子は絶対モノになります』
母は奈美恵に言う。『バス代も出せないけど本当にいいの?』
徒歩で往復3時間。すぐに辞めるだろうと思っていたが、奈美恵は通い続けた。
進路相談のときには、『歌でお金を稼いでお母さんに楽をさせてあげたいんです』と力強く、答えていた。
東京に立つ日、母が奈美恵を止めた。『行かないで!』『絶対に行く!』
涙をぽろぽろ流しながら、『絶対に成功するから』その言葉を聞いて母はバックから手を離した。
その後奈美恵は国民的歌手に。十周年を前に他界した母に届くことを祈りながら歌い続けた。
誰にでも可能性はある。私は最初はゼロだった。何度泣いたっていい。でも過去は振り返らずに未来を作っていけばいいんです。
私は18歳の時に同じようなことがありました。
就職先が地元の会社に決まっていました。
その会社側から2人2年間だけ東京支店で働いてほしいという話で1度きりの人生と行きたいと声をあげ
会社のお偉いさんが自宅まできて両親の説得にきてくれました。
そこで行かないでほしいと母の涙をみました。いっしょに泣きました。
でも私は東京支店勤務を選び新松戸駅から上野駅まで2年間満員電車を経験しました。
家族と離れてみて色々なことが母親・父親がやっていてくれたんだと思い何度も泣きました。
感謝しかなかったです。

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