こんにちは。
利用者のMです。
昨日は震災後15年目でした。
作業をしているときは思い出さずにいれました。
自宅に帰ってから友人のストーリーをみて
『震災で亡くなられた方にはお悔みを申し上げ、今なお苦しんでおられる方には少しでも気持ちが楽になられるように祈っております』の言葉を読んで泣いてしまいました。
そこには辛かった自分がいたんだと改めて気づきました。
15年前14:46の昨日私は普通に仕事をしていました。
何度か地震は来ていたのですぐに事務所の外にでました。
そこでも30分ぐらい地面が左右にゆれ自分の力で立っていられないぐらいでした。
工場の全員が集まり、16時ごろ工場長より
『今から自宅に戻り家族の安否を確認してください』といわれすぐに自宅にもどりました。
自宅に戻る途中道路が割れていて自宅に帰るにも時間がかかりました。
自宅に戻り主人もちょうどその日休みをもらっており娘の幼稚園のお迎えにいき17時ごろ家族3人合流しました。
ただ漁師の父との連絡が取れず心配で何もできませんでした。
父が妹の家にいることがわかりすぐに向かいました。
会えた時は本当に安心しました。
その日から共同生活が始まりました。
水が止まり、お風呂も入れない食器が洗えない生活が始まりました。
スーパーに行っても運んでくるトラックが放射能がこわくて福島市でトラックを置いてかえるなど
スーパーへの食糧品が途絶えることがありました。
私たちは、普通に生活できることが幸せなことだと気づきました。
昨日、インスタ fude.pen33参照の言葉を見つけたので紹介します。

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