こんにちは、あるいはこんばんは。Kinです。
今回は、「10年後の未来は何をやっているか」というお題になりました。
このお題って、10年後の世界の予想なのか?10年後の自分の設計像なのか?という疑問が湧きました。なので、今回は、10年後の世界の予想のほうで考えていきたいと思います。
AIが「当たり前の道具」になる
現在は、仕事や趣味などでAIを活用する人が急速に増えています。動画や小説、論文作成の補助として使っている状態だと思いますが、この10年で、AIは携帯電話のようにより身近なツールになっていくのだと思います。
役所の手続きや翻訳、医療相談、書類作成など、AIが日常生活を支える場面はさらに増えていくでしょう。
おじさんも、自分の生育歴をまとめたり、自作小説の誤字脱字や表記ゆれのチェックなどで大いに活躍してもらっています。
同時に、これが人間の手によるものなのか、AIにより作成されたものなのかを見抜く見識が試される時代になるのだと思います。
便利なものを使うことは悪いことではないですが、使いこなすことと依存することの間には一光年からの開きがあると思います。
人手不足がさらに深刻になる
少子高齢化が進むため、介護や医療、運送や建設などの現場においてもAIの活用が必須になっていると考えます。
医療や介護の場面においては、機械的に行える場面はAIが担い、人間の手の暖かさが必要な場面を人間が担当する、仕事のすみわけが進むのではないかと考えています。
人手不足によって「AIに仕事を奪われる」というより、「AIを使わなければ仕事が回らない」という時代になるのではないでしょうか。
教育場面でのAIの活用法
夏休みの宿題などで結構な確率で登場する「読書感想文」、最近では本を読みもせずにAIにあらすじを解説させたり、読書感想文を代筆させたりする行為が結構見られるようになってきた、と、ある教育者が嘆いていました。
読書感想文は、自ら本を読み、何らかの知見を得、それを自分の言葉で表現できるように訓練することに意義の一つがあると、おじさんは考えています。
その視点に立っていえば、AIに読書感想文の代筆をさせるなどは、本来の目的から外れてしまうと思います。
一方で、社会や理科などで情報を整理したり理解を深めたりする場面では、AIは積極的に活用してよいツールだと考えています。
肝心なのは、各教科における自分で考える方法と資料の読み方を教えることが教育であり、その目的が達成されるのであれば、助っ人としてのAIは有用なツールになりえると思います。
なんか、AIの活用論になってしまった気がしますが、真っ先に思いついたのがAIだったんだもん。
便利な道具はこれからますます増えていくでしょう。しかし、その道具をどう使うかを決めるのは人間です。AIに任せられることは任せ、人にしかできない思いやりや創造性を大切にする社会になっていてほしいと、おじさんは願っています。
「AI」 と かけまして
「刃物」と解きます。
そのこころは? どちらも、使う人次第で便利な道具にも危険な凶器にもなるでしょう。
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