こんにちは、あるいはこんばんは。Kinです。
今回は、「今思えば青春だったと思えること」というお題になりました。
このお題を見た時に青春の定義は何なのだろうと思いました。年齢的な意味の青春なのか、はたまた何かに夢中になっている時のことをさして青春と呼ぶのだろうか?今回は、後者として考えてみることにしました。
弓道部での鍛錬の日々
おじさんは、高校時代、百人一首と将棋の同好会の助っ人をしつつ、弓道部に所属していました。本業はあくまで弓道部です。
何をやってもある程度習熟するまで人の三倍くらいの努力を必要とするおじさんは、まともに矢を射れるようになるまでに、やはりそのくらいの期間が必要になりました。
同時期に入部した同期が、静謐な雰囲気の中、的前に立ち矢を射る姿をうらやましく思いながら、一人、基礎トレーニングを繰り返し行っていたものです。
念願かなって的前に立つことができたのは、同期が的前に立ち始めて一ヶ月後で、感動のあまり涙があふれそうになりました。ただ、肝心の矢は的に一本も当たりませんでしたが・・・。
おじさんが、的前に立つようになった頃はもう同期は的に矢をどんどん当てていましたので、劣等感が半端ない状況でした。
同期が次々と的中させていく中で、自分だけが取り残されているような気がして、悔しくて仕方がありませんでした。それでも、弓を置いて帰ろうとは思わなかったのは、今日のおじさんの負けず嫌いな所の原点なのかもしれません。
昼休みも放課後も飯も食わずに矢を射続け、的前に立ち始めてから、部活を引退するまで、一日百本の矢を射ることを欠かしませんでした。
そのかいあってか、最高学年のころには部内一の命中率を誇るようになり、最後の試合では皆中(全射命中)で締めくくることができました。
大会の優勝や国体の強化選手など、華々しい結果は一つもありませんでしたが、人よりも努力をしたと胸を張っていえる位には頑張ったと思っています。
当時は、これを青春だなんて思ったことはありませんでした。同期に追いつけないことが悔しくて、一本でも多く的に当てたい、それだけだったように思います。
しかし、今になって振り返ってみると、あれほど一つのことに夢中になり、悔しさを原動力にして毎日努力していた時期は少ないと思います。
そう考えると、あの頃のおじさんは、間違いなく青春の真っただ中にいたのでしょう。
ただし、一般的な青春のイメージにあるような、夕日に向かって走る爽やかな青春ではありません。
昼飯も食わずに、ひたすら弓を引いていた、ずいぶんと泥臭い青春でしたが……。
最後になぞかけを一つ
「青春」とかけまして「付け火」とときます
その心は
「どちらも放課後(放火後)が重要です。」
※カクヨムで小説投稿中
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