
こんにちは、あるいはこんばんは。Kinです。
今回は、「今の自分に繋がっていること」というお題になりました。
おじさんは、左斜め45度から物事を眺め、ボソッと皮肉を呟くひねくれ者です。でも、おじさんだって、生まれた時からこんな性格だったわけではありません。
今回は、幼少期の体験から、如何に今日のような捻くれた大人が出来上がったかを紐解いて行きたいと思います。
物事の根っこを調べる習慣
以前のブログでも何度か書きましたが、おじさんは、幼少期から、テレビ・ゲーム・音楽など、かなり厳しい規制を受けていました。おじさんの子供のころは、それらが大流行していた時代だったので、周囲の話題についていくことができなくて孤立感を深めたものです。
そこから、故事成語の由来を調べたり、物語の設定のベースになった物を調べたりと、物事の根っこを調べ、それを自分なりに咀嚼して自分の言葉にする習慣が身につきました。
友人たちとの話題に加わることはできませんでしたが、結果として雑学の量が増えて、大学生のころ、クイズ研究会から助っ人(という名の人数合わせ)として団体戦のメンバーで出場したことがありました。
中心から外れていても自分の信念を貫くキャラクターへの共感
前述のような規制の中で生活していたおじさんは、当然のことながら話題の主役になることはほとんどありませんでした。どちらかというと、一歩引いて全体を眺めることの方が多かったと思います。
その経験からおじさんは、ドラマでも漫画でもゲームでも、主役では無い人が、不遇な境遇でも一歩引いて、理解されなくても自分の信念を貫き通す姿に共感するようになりました。
おじさんの好きなキャラクターを思いつくままに挙げてみても
いずれも、世の中に理解されなかったり、自分の信念と組織のために一歩引いて全体を見渡し苦言を呈したり、汚れ仕事を自ら請け負ったりした人間たちです。
こんな性格に育ってしまったので、おじさんは皆と同じことは得意ではありません。でも、それは悪いことばかりではありません。
「まっすぐ前を見る人がいるなら、おじさんは少し斜めから見る。」
「みんなが表面を見ているなら、おじさんは根っこを見る。」
「主役がスポットライトを浴びているなら、おじさんは少し離れたところにいる人を見る。」
それが、今のおじさんに繋がっていることなのだと思います。
まあ、本人としては、もう少し素直な人間に育ってもよかったんじゃないかと思わなくもないのですが。
そこはそれ。
今日もおじさんは、左斜め45度から、世の中を眺めております。
最後になぞかけを一つ
「人生経験」とかけまして「大木」とときます
その心は
「どちらも、年輪を重ねることで、今の姿になっています」
※カクヨムで小説投稿中
https://kakuyomu.jp/works/2912051601257786743
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