今から30年以上前の.byKMがまだピチピチだった頃に
バリ島に一人旅をしました
コミュ障でちょっとおっちょこちょいな私の一人旅がどうなったのか
今日はお話ししようと思います!
バブル崩壊後とはいえ、まだまだ日本は豊かな時代でした
日本人で満員の直行便に乗りこみ離陸後すぐ 最初の試練が訪れました
なにやら外国語のアンケート用紙のようなモノが席に置かれてるではありませんか
英語がまったく出来ない私には判読不明で周りの日本人に聞くも
誰もそんなの貰ってないと言うのです
CAさんにも助けを求められず必死に格闘するも
気が付いたら8時間の渡航が終わりバリに着いてしまいました
その頃には私にもそれが入国審査の用紙だと言うことに薄々気付いてしまってました
ツアー客はみなフリーパス状態でカウンターを通過していきます
そして誰もいなくなり一人ポツーンと半べそかいて立ち尽くしていると
通りがかりのアジア系お姉さんが助けてくれて
なんとか無事バリに入国することが出来ました
宿は当時のレートで千円くらいのコテージ風安宿
なんとなく宿のシステムを理解して部屋に入ると
簡素ながら清潔でとても居心地のよい部屋でした
が、おトイレにペーパーがありません
水の入った壺が置いてありそれでお尻を洗うようです
と言うことで
郷に入っても従えない私の最初のお買い物はトイレットペーパーになりました
夜になって屋台まで行き
初めて食べた「サテ」というインドネシア風焼き鳥が美味しすぎてついつい爆食い
80本目を食べた頃から気持ち悪くなり始め宿に戻るも
吐き気と腹痛はどんどん増すばかり
とうとう病院に運ばれてそのまま4日間寝込みました
ようやく回復して今度は山にバイクで出掛けてみました
見たかったタロイモ畑も見れてバリの自然を満喫出来たのですが
スコールにあってしまいました
バイクでスコールと追いかけっこです
ほんの1メートル後ろはスコールでこっちは晴れという
面白い現象を楽しみながら走ってると
今度は警察に止められてしまいます
どうやらライトを点灯していたのが違反だったようです
日本は昼間でも点灯なのに逆なんですね
海外で違反なんてどうすんだべと焦っていたら
ワイロの要求をされてしまいました
お金を警官に渡したら許してくれるようなので素直に渡しました
街では子供が物乞いをしてきます
結構キツイかったです
海沿いのクラブは怖かったので行くのをやめました
その後口にするものを慎重に吟味し、無事帰路につける運びになりました
帰りの空港カウンターでチケットを渡したときに、嫌な予感がしました
(・∀・)ニヤニヤされたからです
案の定というか、飛行機に搭乗するときにチケットをまたも要求され
もう渡してしまっていた私は別室に連れていかれ、、、
またもワイロの要求です
払えば出国させてやると、、
英語も喋れなく、旅慣れもしていない金持ちなはずの日本人だった私は
いいカモにされまくった初めての一人旅になりました
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