家電修理職人・今井和美さんを見ていると、
「技術の人」というより “悟りの境地にいる人” に近いと感じる。
手順を覚えていないのに迷わず、初見の機種でも構造が読める。
集中力は異常で、仕事がそのまま趣味の延長線上にある。
この“自然さ”をどう説明するか。
私はここに、禅の「十牛図」を重ねてみたい。
十牛図は、悟りに至るまでの10段階を
牛と牧童の物語で描いたものだ。
驚くほど、今井さんの歩みと重なる。
少年時代の彼は、壊れた家電を分解し、
「なぜ動くのか」を追いかけていた。
これは十牛図の第一図「尋牛」。
真理を求めて彷徨う段階だ。
やがて抵抗やコンデンサの“癖”がわかり、
回路の流れが身体で読めるようになる。
これは「見跡」。
牛の足跡──つまり構造の法則性を掴む時期。
修理を仕事にし始めると、
故障のパターンが読め、分解の手順が身体化する。
牛を捕まえ、制御する「見牛」「得牛」「牧牛」の段階だ。
しかし今井さんの凄さは、その先にある。
メモを取らず、手順を意識せず、
ただ“構造そのもの”を見て動く。
これは「忘牛存人」。
牛(技術)を忘れ、人だけが残る境地。
さらに番組で見せるあの集中力──
カメラも時間も忘れ、ただ基板と対話する姿は
「人牛倶忘」。
自分も技術も忘れ、行為だけが残る段階だ。
そして最後の図「入鄽垂手」。
悟りを得た人が、普通の町に戻る姿。
今井さんが山奥の工房で淡々と修理を続ける姿は、
まさにこれに重なる。
異常な技術を持ちながら、本人は「普通ですよ」と言う。
悟りが日常に溶けている。
一流の職人は、技術を追いかけているうちに
いつの間にか “技術そのものを忘れる境地” に到達する。
十牛図はそのプロセスを、驚くほど正確に描いている。

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