はろにゃぷです。
少し前、約1年ぶりに小学校の時からの友達たちと遊びました。
最寄り駅で待ち合わせ、徐々に人数が揃い会話が弾む中、案の定一人が遅刻をし
先に栄に向かうことになりました。
友達のうちの一人がギターやベースを趣味としているのですが、ピックを買いに行きたいとのことで
栄のパルコにある楽器屋さんでピックを吟味しつつ、遅刻者待つ時間つぶしの時間となりました。
まぁ遅刻してくることは我々の中では日常なので逐一現在地を伝え合い集合場所を大須の招き猫像と決め
待っている間、たまたま招き猫像の前でやっていた太鼓のパフォーマンスを楽しみました。
そして合流の後、大須の少し外れにあるオムライス屋さんに行き
それぞれ選んだオムライスを堪能しながら雑談に花を咲かせていました。
オムライスを食べ終わった後は、本来の目的であるボードゲームカフェへ向かいました。
今回の友達とのお出かけは計5人で出かけていたので選べるボードゲームも多少限られましたが、
ダレることもなくあっという間に時間が過ぎ楽しく過ごすことができました。
遊んだボードゲームの中には7並べとUNOを合わせたようなゲームがあったり
与えられた札を使っておもしろレビューを作るゲームがありました。
旧知の友という関係もあって、おもしろレビューの内容は少々倫理にかけたレビューも生まれましたが、
皆で笑い合えたので良かったです。
私は今でも遊んでいる友達が小学校の時の友達が定例メンバーで6人(内2人が県外で年1会えるかどうか)と
高校の時の友達が定例メンバーでそれぞれ2人と1人と年1あるか無いかの旅行やBBQで集まる3~8.9?人がいます。
いろんな人に付き合い長いねと言われますが、これからも全然続きそうな雰囲気なので
うまくいけば生涯の友というやつになりますね。
アリストテレス曰く「多数の友を持つのは、一人の友を持たず」とありますが、
現代においてこの言葉における一人の友すら居ない人が多い世の中、
私はだいぶ恵まれていて活それぞれの人と時間だけは長く過ごしているので
現代おいてはアリストテレスの言葉以上に大切な仲間や友が居ると言えるのではないでしょうか、
それに勝手な解釈ですが、多数の友を持つが一人の友を持たずというのは、
グループだから成立している友情関係であって
個々として向き合う場合は他人と大きな違いは無いということだと思います。
しかし私は総数は減りますが1対1での交友関係もあるわけなので、
現代の価値観においてはこの哲学はあまり意味を持たない気がします。
インターネットが普及し気軽に仲間や友ができる世の中、
出会ってすぐにインスタを交換して はい友達 という世の中
大体の人は友達の顔も名前も知らない覚えてないことが増えている中でも
真っ当に出会い関係を育み長い時間を過ごし友達となっていれば
それはもう1人の友と言っても良いのではないでしょうか。
どこまで続く仲かは分かりませんが、人に興味が無くすぐまぁいいやとなる私が
今の今まで関係を続けている縁を可能な限り大切にしていきたいですね。
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