皆さん、こんにちは!キャリカク小田原オフィスです。
相模湾の爽やかな風を感じられる小田原。当オフィスは、パソコンに特化した作業や一人ひとりに合わせたスキルアップを通じて、一般就労を目指す就労継続支援B型事業所です。
さて、本日9月24日は何の日かご存知でしょうか?
実は1948(昭和23)年のこの日、日本を代表する世界的なモビリティメーカー「本田技研工業株式会社(Honda)」が設立された記念日です。
本日は、本田技研工業の創業の歴史を紐解きながら、私たちが日々の生活やキャリア(お仕事)に向き合ううえでのヒントを探っていきたいと思います。

今や世界中にその名を知られ、四輪車や二輪車、さらには航空機やロボット分野にまで挑戦を続けるHondaですが、その歴史の始まりは決して華やかなものではありませんでした。
1948年9月24日、静岡県浜松市。当時の本田技研工業は、従業員わずか34人、資本金100万円という、小さな小さな町工場として産声をあげました。
創業者である本田宗一郎氏が掲げたのは、「世界一じゃなきゃ日本一じゃない」という、途方もなく大きく、しかし熱い情熱に満ちた目標でした。
戦争直後の混乱期、物資も資金も十分にない中でのスタートです。周囲からは「そんなの無理だ」「無謀だ」と言われるような夢であっても、宗一郎氏と、右腕として支えた藤沢武夫氏をはじめとする仲間たちは、技術とアイデアを武器に果敢に挑戦を続けました。
最初の商品は、自転車に取り付けるための「補助エンジン」。日々の移動に苦労している人々の役に立ちたい、もっと便利な世の中にしたいという実用的な発想から、ヒット商品が生まれていったのです。
本田宗一郎氏の人生は、まさに「失敗の連続」でした。若い頃から独創的なアイデアを形にしようとしては失敗し、会社経営の危機にも何度も直面しました。
しかし、Hondaには「失敗を恐れない、むしろ挑戦しないことを恐れる」という企業風土が根付いています。
「失敗は成功の母」という言葉がありますが、彼らにとっての失敗は「次に活かすための貴重なデータ」であり、前に進むためのエネルギーそのものでした。
この精神は、後にバイクの代名詞ともなる「スーパーカブ」の開発や、日本企業として初めての海外進出、そしてF1をはじめとするモータースポーツへの挑戦など、数々の偉業へと繋がっていきます。どんなに大きな壁にぶつかっても、「どうすればできるか」を考え抜く姿勢が、小さな町工場を世界企業へと押し上げたのです。
この本田技研工業の歩みは、今まさに一歩を踏み出そうとしている私たちにとっても、大きな勇気を与えてくれます。
就職活動や新しいスキルの習得、あるいは心身の調子を整えながら社会復帰を目指すプロセスにおいて、「自分にできるだろうか」「失敗したらどうしよう」と不安になることは誰にでもあります。
・最初は誰もが「小さな一歩」から始めている(Hondaも最初は34人の町工場でした)
・完璧でなくてもいい、まず動いてみることで次の道が見えてくる
・失敗は終わりではなく、経験という名の財産になる
キャリカク小田原オフィスに通うメンバーの皆さんを見ていると、日々のパソコン作業やタイピングの練習、デザインの勉強など、最初は「難しそう」と感じていたことでも、コツコツと継続するうちに「できた!」という自信に変えていく姿をたくさん目にします。
大きな山も、一歩ずつの足取りの積み重ねでのみ登りきることができます。焦る必要はありません。あなた自身のペースで、今日できる小さな「前進」を大切にしていきましょう。
「本田技研工業設立の日」。
それは、どんなに小さなスタートであっても、志を持ち、諦めずに挑戦を続ければ、未来は大きく変えていけるということを教えてくれる素晴らしい記念日です。
今日の仕事や訓練の合間に、ぜひご自身の「小さな夢」や「やってみたいこと」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
キャリカク小田原オフィスでは、見学や体験を随時受け付けております!
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