みなさんこんにちは!キャリカク勝川駅オフィスのYDKです!🌺
今回は、1893年1月17日に起こったハワイ王国最後の日についてご紹介します。
📅 1893年1月17日、ハワイ王国最高裁判所の判事だったサンフォード・ドールは、新しい政府を樹立する準備のため判事を辞任しました。
午後2時になると、政府庁舎には「公安委員会」のメンバーが集まり、ヘンリー・E・クーパーによって、ハワイ王国の終結と暫定政府の樹立が宣言されます。
その後、ホノルル・ライフルズが政府庁舎や公文書館を占拠し、⚠️戒厳令が布告されました。
暫定政府の代表となったドールは、各国の外交使節や女王リリウオカラニに対し、暫定政府の樹立を正式に通達します。
一方、👑リリウオカラニ女王は、アメリカ公使ジョン・L・スティーブンスに特使を送り、暫定政府を承認しないよう求めました。
しかし、スティーブンスは
「暫定政府は承認され、アメリカはハワイ王国の存在を認めない」
と回答しました。
この状況を受け、リリウオカラニ女王はドールに対し、抗議文を送ります。
📜その内容は、
「私はハワイ王国と立憲政府に対する反逆行為に厳重に抗議します。しかし、多くの人々の命が失われる武力衝突を避けるため、アメリカ政府が事実を認め、公使の行動を取り消し、私を正当な君主として復位させる日まで、一時的に統治権を委ねます。」
というものでした。
💡つまり、リリウオカラニ女王は自ら進んで王位を放棄したのではなく、国民の命を守るために武力抵抗を避け、アメリカ政府が正しい判断を下すことを信じて権限を委ねたのです。
この日を境に、約100年続いたハワイ王国は事実上その歴史に幕を下ろし、ハワイは大きな転換点を迎えることになりました。
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