みなさんこんにちは!🌺✨
キャリカク勝川駅オフィスのYDKです!
まだまだハワイ旅は続きます✈️🌴
着陸まではあと2~3か月ほどかかりそうですが、ぜひ最後まで一緒に楽しんでください😊
今回は、ハワイ王国が大きな転換期を迎えた時代についてご紹介します。
📖 1887年、ロリン・サーストンを中心に「ハワイアンリーグ」という秘密結社が設立されました。彼らは白人市民義勇軍「ホノルル・ライフルズ」と協力し、当時の国王・カラカウアに首相の辞任と新しい憲法の制定を求めました。
武力を背景に迫られたカラカウア国王は要求を受け入れ、1887年7月6日に「ベイオネット憲法」が成立します⚔️📜
この憲法によって国王の権限は大きく制限され、ハワイ王国の政治はアメリカ系勢力の影響を強く受けるようになりました。
その後、カラカウア国王は日本をはじめとするアジア諸国との連携を模索し、失われた王権を取り戻そうと努力しましたが、その志を果たせないまま1891年1月20日、アメリカ・サンフランシスコで亡くなりました😢
👑 1891年1月29日、妹のリリウオカラニ女王が王位を継承します。しかし、新しい内閣づくりは思うように進まず、政治は混乱が続きました。
女王は財政難を改善するため、宝くじやアヘンの販売を認可制とする法律を制定しましたが、この政策はアメリカ系白人勢力から「道徳に反する」と強く批判されます。
さらに女王は、国王の権限を回復するため、新しい憲法の制定を計画しました📜
この動きに危機感を抱いたアメリカ公使ジョン・スティーブンスは、ロリン・サーストンやサンフォード・ドールらと協力し、ハワイ王国を倒して暫定政府を樹立し、アメリカへの併合を目指す具体的な計画を進めていきました。
次回は、いよいよハワイ王国が大きく動く歴史についてご紹介します!🌺✨
ぜひお楽しみに😊
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