朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です😻🙂
今日は何の日かな~

第1回 日本ダービー(東京優駿大競走)の開催(1932年)です
東京の目黒競馬場で、日本初の「ダービー」が行われたんですって!👍😁
現在は府中(東京競馬場)で開催されるのが当たり前ですが
第1回と第2回は現在の東京都目黒区にあった目黒競馬場で開催されました
現在の目黒区下目黒周辺で、元競馬場という地名やバス停にその名残があります
住宅街の中に当時のコースのカーブをそのまま反映した道路が今も残っており
地図で見ると「あ、ここが競馬場だったんだ」と分かります
ダービーの人気が凄まじく、目黒では観客を収容しきれなくなったことや
周辺の都市化が進んだため、現在の広大な府中へと移転することになりました
第1回の優勝馬は、1番人気のワカタカ
2着に4馬身差をつける逃げ切り勝ちで、初代日本ダービー馬の座に輝きました
勝ちタイムは2400mで2分45秒2
現在のレコード(2分21秒台など)と比べると20秒以上遅いですが
当時はまだ芝の整備状況も異なり、これが当時の最高峰の走りでした
「イギリスのダービーに負けない、日本一のレースを作る」
という目標で始まったため賞金も破格でした
現金1万円
当時の公務員の初任給が70円程度の時代ですから
現在の価値に換算すると数億円規模に相当する超高額賞金でした
競馬がまだ「一部の特権階級の娯楽」から「国民的スポーツ」へと脱皮しようとしていた時期で
ダービーの創設はその大きな起爆剤となりました
「日本競馬の父」と呼ばれる安田伊左衛門が、イギリスの伝統に倣って創設に尽力しました
彼は後に日本中央競馬会(JRA)の初代理事長となり
東京競馬場には彼の銅像が建てられています
ワカタカの手綱を握ったのは、当時の名手・函館孫作(はこだて まごさく)騎手
彼は後に調教師としても活躍し、日本競馬の礎を築きました
わずか19頭の出走から始まったこのレースが
今では10万人以上の観客を集め、数千頭のサラブレッドの頂点を決める「祭典」へと成長しました
目黒の住宅街に残るカーブの道は
まさに日本の競馬ブームが走り出した「聖地」と言えますよね😁😁👍
きゃり~は馬好きです!人参あげたい!😁😁💕
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