朝起きた人もお昼に起きた人も夜起きた人も!!
おはこんばんは~😊
きゃり~です!!
今日はだれかな~💕😁

故 アン・サリバン(1866年)さんです
ヘレン・ケラーの「奇跡の師」として知られるアン・サリバン(通称サリバン先生)🙂🙂
サリバン先生は、決して恵まれた環境で育ったわけではありませんでした。
幼少期に目の病気(トラコーマ)を患い、視力をほとんど失いました。
母親を亡くし、アルコール依存症の父親に捨てられ、弟とともに救貧院で育ちました。最愛の弟もそこで亡くすという、孤独で苦しい少女時代を過ごしています。
救貧院を訪れた視察団に「学校へ行きたい!」と直訴し、パーキンス盲学校に入学。そこで手術を受け、ある程度の視力を回復しました。
ヘレン・ケラーとの出会いは1887年。当時アンはまだ20歳でした。 三重苦(見えな い・聞こえない・話せない)ゆえに荒れていたヘレンに対し、アンは根気強く「指文 字」を教え続けました。
井戸小屋でヘレンの手に水を流しながら、もう片方の手に「W-A-T-E-R」と指文字を綴り続けたとき、ヘレンの中で「物には名前がある」という概念が結びつきました。
彼女は単なる「教師」ではなく、ヘレンの「目」となり「耳」となることを決意し、食事の作法から高度な学問まで、文字通り二人三脚で歩みました。
ヘレンが名門ラドクリフ大学(現ハーバード大学)に入学した際も、アンはすべての 講義に同席しました。
当時は点字の教科書が少なかったため、アンが教科書の内容をすべてヘレンの手のひらに指文字で伝え続けました。
この無理がたたり、回復していたアンの視力は再び悪化し、晩年には完全に失明してしまいます。
アンは1936年に亡くなるまで、約50年間にわたってヘレンを支え続けました。
亡くなる直前、アンは「ヘレン、あなたがいてくれて本当によかった」という言葉を遺したと言われています。
ヘレンはアンのことを「私の人生に光をもたらしてくれた人」と呼び、アンが亡くなった後もその教えを胸に世界中で社会福祉活動を続けました。
きゃり~は奇跡の人という舞台を見に行ったことがあり、ウォーターというシーンはほんとに感動的でした。素晴らしい舞台で行って良かったなと今でも思っています😀😀👍
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