
あなたは覚えているだろうか。流行病という厄災が訪れる前の夏を。
いつまで覚えていられるだろうか。ただ無邪気に過ごしていたあの夏を。
住んでいる家は父方の本家だ。まあ、里帰りされる側だと思って貰えば良い。
盆と正月には何組かの親戚が集うので、
当日は朝から掃除やら食事や手土産の準備やらに追われていた。
参加者は徐々に減っていく。アルバイトを始めた従兄弟、仕事が立て込んで来られない叔父。
祖父母の法要を終えた頃には、決まった日に親戚をもてなすことは無くなっていた。
やがて母方も祖母と親世代のみで集まるようになり、
盆と正月は墓参りを除けば余分な休日が増えただけとなったのだった。
それでも正月は近所の宮と寺へ挨拶に行く。
ならば、盆は?
あなたは濃尾大花火をご存知だろうか。
愛知県と岐阜県を繋ぐ濃尾大橋で開催されていた大型の花火大会。
厄災の訪れと共に終幕した盆の風物詩だ。
家は会場からそこそこ近い。家の何処に居ても爆発音が響くし、
2階に上がれば民家の隙間から光の花が気まぐれに姿を見せる。
幼い頃は両親と自転車で堤防を登り、
「立ち止まるな」という交通整理の声と共に明るい夜空に魅せられていたものだ。
爆発に伴う空気振動で心臓が苦しくなるデメリットはあったけれど。
橋の下を見れば川をまきわら舟が列をなして泳いでおり、
それが何か分からないながらも興味深く眺めていた記憶がある。
もう、あの光景は見られない。
あれは、本当にあった出来事だったのだろうか。
自分の記憶は常に疑っている。
寝て起きれば記憶の大半が他人事となり、先程まで何をしていたかすら朧げなのだから。
現実世界に生きるには、少し心を閉ざしすぎたようだ。
ぼんやりと物思いに耽っていれば、車のブレーキが小さなドライブの終わりを告げた。
祭り事が好きな父は尾張大橋を越え、
某テーマパークで行われる花火大会の立ち見へ家族を連れ出すようになったのだ。
同じ事を考える人間は多いようで、先客のリア充やキッズがそこらではしゃいでいる。
堤防を下りると、川辺の生温い風が夏の終わりを感じさせる。
外出用の長袖を引っ張り出して来て正解だった。
ここへ来るのも何年目かになるが、薄着で過ごすには少し寒いのだ。
語っておいて何だが、花火は好きでも嫌いでもない。
美しいとは思うが、片道に小一時間掛けてまで見たいものではない。
それでものこのこと付いて来てしまうのは、『見ないと何となく物足りない』から。
そしてきっと、すっかり失われた盆に意味を持たせたいから。
スマホのカメラを起動し、設定や画角を確認して真っ黒な空を見上げる。
その下には橋の光、車の光、テーマパークの光。
宗派によっては盆に帰って来る先祖を迎える為に野菜で馬を作ったり火を灯したりするらしいが、
生憎とうちではそう言う行事を行わない。
これも我が家の盆が意味をなさなくなった理由の一つだろうが、寺の意向なので仕方が無い。
面倒臭いし、霊とか浄土とか別に信じていないし。
それでもこの光を道標にする霊があったりは……流石にないか。
パリピ霊でようやくミリチャンなくらいだろう。
やがて予想していた位置から光が上がり、爆発音が鳴り響く。
散歩がてら連れて来られたらしい犬が驚いて吠える声も響き、苦笑いする。怖いよね。
さて、ここからは光を眺めながら動画や写真を撮影する時間だ。
証拠を残しておかないと、また忘れてしまうから。
例え風化して、記憶を疑うことになるとしても。
パッと花開き、一瞬で散る。
この一瞬に魂を込めた職人が居る。
かつて何千発もの光を打ち上げた職人は、今どうしているのだろう。
丹精込めた作品がたった一瞬で消費されてしまって、虚しくはないのだろうか。
それとも、その一瞬が果たされれば満足するのだろうか。
フィナーレのスターマインが派手なコンボを魅せる。
無数に重なり合って、その一つ一つを見ることなど出来ない。
花畑を踏み台にした最後の花が堂々と咲き、静かに散った。
真っ黒だった空には白煙が流れている。
どうしてこんなに物悲しくなるのだろう。
光の花々は美しかった。
水平に打ち上がらず、何の形をしているか分からない柄物は面白かった。
動きのあるものが完璧な形で収まっていて嬉しかった。
それでも、感動は薄い。
映りの悪い写真を削除しながら溜息を吐く。
咲いた瞬間は美しいのに、次の瞬間には別の花に上書きされる。
咲いても一瞬で消えてしまう。
記憶に残るのはほんの一握り。
ああ、まるで、誰かの人生ではないか。
自嘲しながら帰りの車に乗り、スマホのメモ帳アプリを開く。
大きめの作業を持ち越しているので投稿はいつになるか分からないけれど、
忘れない内に綴っておこう。
サムネイルには選び抜いた一瞬を飾ろうか。
白煙が残る空の写真もこの文章には合うだろうか。
などと、日常の象徴たる自室に帰って来て夜が更けても書き続けている。
これは、新たな意味を持ったとある夏夜の独り言。
* * *
癖になってんだ。独白小説風にするの。
休み明けで働きたくない皆様、ご機嫌は如何でしょうか。
キャリカク一宮駅前利用者・常に働きたくない0と申します。
カッコつけて盛ったところはありますが、概ねノンフィクションです。
思えば祭りの終わりっていつも虚しい気分になっていたかも。
人生で一番リア充していた大学時代すら、
学祭が終わった夜は展示物の撤収をしながら落ち込んでいた気がします。
家にも帰りたくなかったな。
たった数日の為だけに長い間準備して、一瞬で過ぎ去って、何だろう、
準備期間と本番のバランスが取れていなくないですか?
花火に思う所があるのもここから来ているのかな。
ちなみに元の文章を自室で書いたのはガチです。
センチメンタルモードに突入した夜でした。
それでは、ご機嫌よう&おやすみなさい。
寝て起きたらこれが何ヶ月も前のように感じて、先に綴っておいて良かったと心から思ったのでした。

サムネに使用したスターマイン。最後の一発は煙が凄くてお蔵入り。

リングがくるりと消滅する変化玉だったが、奇跡的に全体が映ったもの。

終了直後の白煙残る空。サムネ候補だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
就労継続支援B型
キャリカク一宮駅前
愛知県一宮市大江3丁目12-22 一観ビル1階
電話番号:0586-71-3577 FAX:0586-71-3587
――――――――――――――――――――――――――――――――
CONTACT


