利用者のGでございます。
時々ですが「部分だけでなく全体を見ましょう」という表現に出くわすことがあります。
これを例える表現で「木を見て森を見ず」があるように、色んなことにおいて全体を見ることは重要です。
新聞は「コロナ緊急事態宣言 終了」など大きく書かれた見出しにより、その記事の全体像が一目でわかるように工夫してあります。
仕事のメモでも「事務作業の重要点」などと大きくタイトルを書けば、事務作業についてのメモだと全体の内容が即座に判断可能です。
こういった例からも、全体を俯瞰することの重要性が伝わってきますね。
そして全体を見ることが大切なのは、仕事や勉学だけでなく、人間関係においても同様であると私は思います。
例えば「自分の友人は『すいません』が口癖だから、困ることがある」という状況があるとします。
もちろん「すいません」という口癖に対して不満はあるでしょう。
しかし、ここで大切なのはその友人の全体的な人格を冷静に見ることです。
その口癖は友人の部分的な要素であり、全体的な人格を示すものではありません。
「すぐに謝って他人をイライラさせる困った人」や「自分に自信がない逃げ腰で弱虫な人」などは決めつけであり、人格否定にもなってしまいます。
このように人格を決めつける言い方になる理由は、その人の一部分だけしか見てないからです。
もちろん、部分が全体に勝ることもあります。
すぐに怒ったり、何でも否定から入ったり、天狗になって自慢を繰り返す人なら「人間性に欠けている」や「この人はどうしようもない人だ」など人格全体を決めつけられても仕方ないですし、身から出た錆と言えるでしょう。
ですが、この世にはそうでない人間もたくさんいます。
そういう人にまで部分から決めつけを行うのは、あまり好ましくありません。
なので何歳になっても、その人の一部分から全人格を決めつけないことが、良い人間関係を築くコツでしょうし「この人は良い面もある」「そんなに怒ることでもないな」など、心の広さや寛容さが自然と生まれてくると思います。
人は年を取ると頭が固くなり、他人の嫌な部分ばかりが目について、その人を決めつけるかのように嫌悪感を抱いてしまうようです。
ですが年を取るとは、経験が培われることです。
そして経験とは、視野や考え方の幅を広げるものであり、それは人や物を安直に決めつけない思いやりや優しさに繋がります。
年長者ならではの経験は大きな武器なのにもったいないと思います。
少し話がそれましたが、何事にも全体を見ることを意識すれば、視野が広がって人生も潤いが増すのではないでしょうか。
また、全体を見る思考の練習は日常生活どこでもできるので、意識的にその練習をしてみるのも良いのではないでしょうか。
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