1815年8月10日、ワーテルローの戦いに敗れたナポレオン・ボナパルトの運命を決定づける命が下された。主導権を握るイギリス内閣と、対仏大同盟の欧州列強国(ロシア、オーストリア、プロイセン)の合意により、彼を南大西洋の孤島「セントヘレナ島」へ流刑にすることが定まったのだ。
かつて全欧州を震撼させ覇権を唱えた皇帝は、一転して「共同の捕虜」として過酷な流刑生活を送ることとなる。イギリス側が彼に突きつけたのは、過剰な監視と屈辱的な待遇であった。特にナポレオンと対立した総督ハドソン・ローは彼らの生活費を激削減し、食料や酒の質を極限まで落とした。
この過酷な状況を象徴するのが「ワイン」にまつわるエピソードである。
絶頂期のナポレオンは、ブルゴーニュの名酒「ジュヴレ・シャンベルタン」を愛飲していたことで知られる。しかしセントヘレナ島であてがわれたのは「飲むに耐えない粗悪な安ワイン」であった。皇帝としての誇りを踏みにじられたナポレオンは総督への抗議として支給品の受け取りを拒否。思い出の詰まった自らの銀食器を叩き潰して売却し、その資金で自らワインや食材を調達するという凄絶な行動に出た。
やがて、そんな厳しい環境下で彼が愛飲するようになったのが、南アフリカ産の伝説的甘口ワイン「コンスタンシア(Vin de Constance)」であった。胃疾患を悪化させ、一切の固形物を受け付けなくなった晩年、ナポレオンが死の直前まで口にすることができた唯一の栄養源が、この甘いワインだったという。
一時は歴史から姿を消したこのコンスタンシアだが、1980年代に「クライン・コンスタンシア」ワイナリーの手で奇跡的に復刻を遂げた。そして現在では、日本国内でもワイン専門店や主要なECサイトを通じて13,000円〜18,000円ほどで手に入れることができる。
1815年8月10日の決定から始まったセントヘレナ島での日々。一杯のワインを巡る攻防と執着の中には、絶望の淵に立たされてもなお失われなかった一人の男の気高き矜持が、今も鮮烈に刻まれている。

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