
P13-14(ナショナル・トラストの誕生)
大英帝国の繁栄とともに、19世紀の産業化や工業化は、イギリスの自然や景観を破壊
していった。その急激な変化に対して、異議を唱える人々が出てきた。ナショナル・トラスト(正式名The National Trust for Places of Historic Interest or National beaty)は
そのような運動のなかから誕生した。湖水地方は、ナショナル・トラストの地であると
言える。
ナショナル・トラスト設立の中心人物は、湖水地方で聖職者として活躍した英国国教会の牧師ハードウィク・ローンズリー(Hardwicke Rownsley)、ロンドンを中心に労働者階級の人々の住宅改革や生活改善を推進した社会活動家オクダヴィア・ヒル(Octavia
Hill)、そして弁護士のロバート・ハンター(Robert Hunter)とされる。実際には、詩人
ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth)やリヴァプールなどで成功して湖水地方に屋敷や別荘を建てた中流階級の博愛者たちの支持があった。
彼らは産業革命によって富を得て、工場が乱立して大気汚染がはびこる都市から逃れて、湖水地方に訪れたり、移り住んだ。ある意味で、彼ら自身が湖水地方への侵入者で
あり、自然を破壊していった張本人なのである。しかし、鉄道が敷かれていく過程で反対運動が興り、観光地化されていく湖水地方を、自然破壊から守っていくことが提唱された。これらの運動により、湖水地方の自然や生活が破壊されていくことに、ストップ
がかかったのである。
「イギリス湖水地方 ピーターラビットのガーデンフラワー日記」臼井雅美著
湖水地方への鉄道
湖資料の中に無い物に、ロンドンと湖水地方への鉄道が通った経緯を教えてください。
「ロンドンと湖水地方を結ぶ鉄道」の歴史にワーズワース(William Wordsworth)彼がなぜ鉄道に反対したのか。
ロンドンから湖水地方へ鉄道が通るまでには、大きく分けて**「幹線(メインライン)」と「支線(レイクス・ライン)」**の2段階のステップがありました。
1. ロンドンから北へ:西海岸本線の開通(1846年)
まず、ロンドンとイギリス北部(スコットランド方面)を結ぶ巨大な幹線鉄道計画が進みました。これが現在の「西海岸本線(West Coast Main Line)」の基礎です。
1846年: ロンドンから北上してきた鉄道が、ランカスターからカーライルまで開通しました。
拠点駅: この時、湖水地方の入り口に近いオクセンホルム(Oxenholme)駅が作られました。
運営: 当初はランカスター・アンド・カーライル鉄道でしたが、後に巨大企業「ロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道(LNWR)」の一部となりました。
2. 湖水地方内部へ:ケンダル・アンド・ウィンダミア鉄道(ワーズワースが激しく反対したのは、この支線の建設です。
1847年: オクセンホルム駅から分岐して、ケンダルを経由し、ウィンダミア湖畔(現在のウィンダミア駅)まで届く「ケンダル・アンド・ウィンダミア鉄道」が開通しました。
変化: この鉄道の終着点となった小さな村バースウェイト(Birthweight)は、鉄道開通後に現在のウィンダミアという町へと急速に発展しました。
3. ワーズワースの反対とナショナル・トラストの萌芽
ワーズワースがなぜこれほど反対したのか、その理由は当時の彼の言葉から読み取れます。
静寂の破壊: 彼は、鉄道がもたらす「騒音」や「煙」、そして大勢の観光客(彼は「群衆」と呼びました)が押し寄せることで、湖水地方の神聖な静寂と自然美が損なわれることを恐れました。
反対のソネット: 1844年、彼は「ケンダル・アンド・ウィンダミア鉄道計画に寄せて(On the Projected Kendal and Windermere Railway)」というソネットを書き、新聞に寄稿して抗議しました。
後のナショナル・トラストへ: 彼の「この美しい自然は守られるべきだ」という思想は、後の世代に受け継がれ、1895年のナショナル・トラスト設立へとつながる精神的な土台となりました。
ワーズワースは「自然を愛でるには、それ相応の感性や準備が必要であり、鉄道で手軽に来るものではない」という、少し厳しい考えを持っていました。一方で、鉄道側は「自然は一部の特権階級のものではなく、労働者も含めたすべての人のものだ(民主化)」と主張しました。
この**「自然保護か、人々の楽しみ(観光)か」**という葛藤は、今のナショナル・トラストの活動にも通じるテーマです。
1. ネプチューン計画(Enterprise Neptune)
1965年に開始された、ナショナル・トラスト史上最も成功したキャンペーンの一つです。
目的: 開発の波からイギリスの「海岸線(Coastline)」を守ること。
背景: 産業革命後の都市化が内陸だけでなく海岸にまで及び、無秩序な開発が進んだことへの危機感。
成果: 寄付金によって、現在までに数千マイルに及ぶ美しい海岸線が買い取られ、永久に保護されています。湖水地方から始まった「土地を買い取って守る」という手法が、海にまで広がった壮大な計画です。
2. 政府の制度とナショナル・トラスト
ナショナル・トラストは政府機関ではなく「民間団体(チャリティ)」ですが、国から強力な権限を与えられています。
譲渡不能権(Inalienability): 1907年のナショナル・トラスト法により、彼らが所有する土地は「議会の承認がない限り、誰にも(たとえ政府であっても)売却・譲渡・収用できない」という特別な法的保護を受けています。これが、彼らが100年以上も景観を守り続けられる最強の武器です。
相続税の免除制度: 歴史的な屋敷や土地を所有する貴族や地主が、相続税の代わりにナショナル・トラストに物件を寄託する制度があります。これにより、多くの文化遺産が解体の危機を免れました。
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