
図1 写真:時計回りに上からカールトン・ヒルからの景色、エディバラ大学、エディンバラ旧市街、エディンバラ城及びカールトン・ヒルから臨むPrinces Street

図2 エディンバラ市街

図3 エディンバラの英国の位地
第1章エディンバラについて
スコットランドの首都であるエディンバラは、歴史的な重厚さと活気ある文化が共存する、世界でも指折りの美しい都市です。
エディンバラの空気感:霧と「1日に四季がある」街
エディンバラの空気は、単なる「天気」ではなく、街の歴史や物語と密接に結びついています。
1. 霧が織りなす「魔法の背景」
エディンバラは**「霧の街」**として知られています 。
ハール (Haar): スコットランド語で霧を指す言葉です 。
物語への影響: J.K.ローリングは、霧に包まれた中世の街並みを眺めながら『ハリー・ポッター』の世界を書き留めました 。この霧が、現実の街と魔法界の境界を曖昧にするような、厳かな空気感を作り出しています 。
2. 「1日に四季がある」気まぐれな空
北緯が高い位置にありながら、メキシコ湾流の影響で極端な冷え込みは少ないものの、天候は非常に不安定です 。
急変する天気: 晴れていたかと思えば急に雨が降り、また霧が立ち込める。この移ろいやすさが、エディンバラの日常の風景です 。
3. 歴史の重みを感じる石畳と建物
空気の感じを構成するのは、気象だけではありません。
旧市街の重厚さ: 中世の面影を残す石畳や、断崖にそびえるエディンバラ城、そして古びた墓地(グレーフライアーズ・カークヤード)など、街全体が歴史の重みを帯びています 。
「北のアテネ」: 一方で新市街は整然としたネオクラシック様式であり、この新旧の対比が、理知的でありながらどこか神秘的な空気感を生んでいます 。
エディンバラの空気は、湿り気を帯びた霧の中に、古い石造りの建物が放つ重厚な気配が混ざり合ったものと言えるかもしれません。

図4 エディンバラの旧市街と新市街
2. 宗教改革の舞台
セント・ジャイルズ大聖堂: 宗教改革者ジョン・ノックスが説教を行った場所として知られています。
ノックスの家もロイヤル・マイルに現存しており、歴史的な議論が交わされた当時の雰囲気を肌で感じることができます。
3. 文化と芸術の街
フェスティバル: 毎年8月には世界最大の芸術祭「エディンバラ・フェスティバル」が開催され、世界中からパフォーマーが集まります。
文学: 『シャーロック・ホームズ』の著者コナン・ドイルや、『ハリー・ポッター』のJ.K.ローリングが執筆を行った場所としても有名で、ユネスコから最初の「文学都市」に認定されています。
4. 自然と景観
アーサーの玉座 (Arthur’s Seat): 市街地のすぐそばにある死火山で、頂上からは街全体と海を一望できる絶景スポットです。
第2章 エディンバラと人々:魔法が生まれた街
霧の街からホグワーツへ ―― J.K.ローリングの逆転劇
エディンバラの街を歩けば、そこかしこに『ハリー・ポッター』の面影を感じることができます。しかし、この物語が誕生した背景には、魔法よりも過酷な現実と、それを乗り越えた一人の女性の不屈の精神がありました 。
著者のJ.K.ローリングはイングランド生まれですが、物語の大部分はここエディンバラの片隅で書き上げられました 。当時の彼女は、幼い娘を抱えながら生活保護を受けて暮らす「シングルマザー」という困難な状況にありました 。暖房代を節約するために、彼女はベビーカーを押して街のカフェへと向かいました 。その場所こそが、今や世界中のファンが訪れる聖地「エレファント・ハウス」です 。

図5エディンバラ城のイメージ
窓の外に広がるエディンバラ城や、霧に包まれた中世の街並みを眺めながら、彼女はノートに魔法の世界を書き留めていったのです 。
街に刻まれた物語の断片
エディンバラの景色は、単なる背景ではなく、物語の重要なピース(欠片)となりました。たとえば、カフェの近くにある「グレーフライアーズ・カークヤード」という古びた墓地。彼女が息抜きに散策したこの場所には、ファンの間で有名な墓石が眠っています 。

図6「グレーフライアーズ・カークヤード」という古びた墓地
そこには「トーマス・リドル」の名が刻まれており、それが後の闇の魔法使いヴォルデモートの本名のヒントになったと言われています 。
また、街にそびえ立つ壮麗な「ジョージ・ヘリオット・スクール」は、4つの塔を持ち、生徒たちが4つの寮に分かれて競い合う伝統を持つ学校です。その姿は、誰もが憧れる「ホグワーツ魔法魔術学校」のモデルの一つになったと囁かれています。エディンバラの日常にある重厚な建築物や伝統が、ハリーたちの住む世界に命を吹き込んだのです。
聖地の終着点:バルモラル・ホテル
物語の始まりが質素なカフェであったのに対し、その完結の地は劇的です。シリーズ最終巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』の最後の一行を書き上げたのは、エディンバラ駅の真上にそびえる最高級の「バルモラル・ホテル」の一室でした 。
どん底の生活から始まり、最後には街を象徴する豪華なホテルで魔法を完成させた彼女のストーリーは、まさにエディンバラという街が持つ「歴史と奇跡」を体現しているかのようです 。
現在、このシリーズは80カ国語以上に翻訳され、世界で最も売れた文学の一つとなりました 。しかし、その根底にあるのは、エディンバラの石畳を濡らす霧や、古城が放つ厳かな空気感なのです。
第3章 エディンバラと人々
a) エリザベス女王とスコットランドの絆
エリザベス女王はスコットランドを心から愛していました。
「スコットランドの女王」としての顔: 女王は毎年夏をバルモラル城で過ごすのを常としており、地元の人々と交流する「一人の住人」としての側面もありました。
ロイヤル・マイルの行進: 亡くなられた後、遺体はエディンバラの街のメインストリート「ロイヤル・マイル」を通って運ばれました。あの道は、まさにエディンバラの歴史と王室を結ぶ象徴的な場所です。

図7 故エリザベス女王のイメージ
b)アーサー・コナン・ドイル(1859年–1930年)について、主な情報をまとめました。
彼は世界で最も有名な探偵シャーロック・ホームズの生みの親として知られていますが、その人生は多才で、非常に情熱的なものでした。
1. 医師としての顔
ドイルはスコットランドのエディンバラ大学で医学を学びました。そこで出会ったジョセフ・ベル教授の「鋭い観察眼で患者の職業や背景を言い当てる能力」が、後のシャーロック・ホームズのモデルになったと言われています。
開業医として働き始めましたが、当初は患者が少なく、その待ち時間の暇つぶしとして小説を書き始めたのが、作家としての本格的なスタートでした。
2. 推理小説以外の執筆活動
実はドイル本人は、ホームズのような推理小説よりも、歴史小説(『白衣の騎士団』など)を高く評価していました。しかし、読者の要望があまりに強かったため、一度は作中でホームズを死なせたものの、後に復活させることになりました。
他にも『失われた世界』などのSF小説や、政治的な論説も執筆しています。
c)ホームズの助手のワトソンのモデル
シャーロック・ホームズの頼れる相棒、ジョン・H・ワトソン博士には、主に3人のモデルがいると言われています。作者のアーサー・コナン・ドイルは、自身の周りにいた実在の人物たちの特徴を組み合わせてワトソンを作り上げました。
1. ジェームズ・ワトソン博士(Dr. James Watson)
最も有力なモデルの一人とされているのが、ドイルの友人であったジェームズ・ワトソン博士です。
名前の由来: 当初、ドイルは助手の名前を「オーモンド・サッカ(Ormond Sacker)」にしようと考えていましたが、最終的に友人の姓を借りて「ワトソン」に決定しました。
外見と性格: 彼はがっしりとした体格で、非常に誠実な人物だったと言われており、物語の中のワトソンのイメージに大きな影響を与えています。
2. アーサー・コナン・ドイル自身
ドイル本人の経歴や性格も、ワトソンに色濃く反映されています。
経歴の共通点: ドイル自身も**医師(眼科医)**であり、アフリカ(現在の南アフリカ)での戦争に軍医として赴いた経験があります。
視点: ホームズという「天才」を、常識的で正義感の強い「観察者」の視点で見守るスタイルは、ドイル自身のスタンスそのものでした。
3. アルフレッド・ウッド(Alfred Wood)
ドイルの秘書を務めていた人物です。
役割の共通点: ウッドはドイルの仕事を献身的に支え、公私ともに長年連れ添ったパートナーでした。その**「忠実な助手」**としての立ち振る舞いが、ホームズとワトソンの関係性のモデルになったという説があります。
余談:ホームズのモデル
ちなみに、ホームズのモデルは、ドイルが医学部時代に師事したジョゼフ・ベル教授であることが有名です。ベル教授は、患者を一目見ただけでその職業や習慣を言い当てる「鋭い観察眼」の持ち主でした。

図8 ハリー・ポッターとシャーロック・ホームズのイメージ
なぜ「文学の街」として有名なの?
こうした激しい対立の歴史があったからこそ、スコットランドの人々は自らのアイデンティティを文化や文学の中に守ろうとしました。
ウォルター・スコット: 敗北したスコットランドの歴史やロマンを小説にし、世界中に広めました。エディンバラにある巨大な「スコット・モニュメント」は彼の功績を称えたものです。
ロバート・バーンズ: スコットランド独自の言葉(スコットランド語)で詩を書き、民族の誇りを歌いました。
豆知識: エディンバラの旧市街と新市街の対比は、こうした激動の歴史を経て、理知的な「北のアテネ」へと変貌を遂げた象徴でもあります。
現在でも、スコットランド独立をめぐる国民投票が行われるなど、政治的な火種は残っています。
第4章結び
イングランドとスコットランドの闘争の中で知のアテネと呼ばれる街となった。
僕の次女はこのエディンバラで英語を短期留学して、パリまで行ってきた。
ヨーロッパの距離感は遠くのものだけど、世界中をヒットして人を巻き込んだ
「ハリー・ポッター」シリーズの様な物語を生きてみたいものです。
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