こんにちは利用者のKです。
最近、1985年の杉井ギサブロー氏により制作された「銀河鉄道の夜」を20年ぶりに見て、とても感動しました。その感動をご紹介します。
銀河鉄道の夜とカンパネルラの涙
宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』には、多くの読者の心を揺さぶる場面があります。その中でも、私はジョバンニとカンパネルラのやり取りに特別な魅力を感じます。
ジョバンニとカンパネルラの元ネタは…?
実は、この物語の主人公であるジョバンニとカンパネルラという名前には興味深い由来があります。どちらもイタリアの思想家・哲学者であるトンマーゾ・カンパネッラの名前から取られたとされています。カンパネッラは理想社会を描いた『太陽の都』で知られ、人々の幸福や理想の世界を追い求めた人物でした。賢治も生涯「イーハトーヴォ(理想郷)」を理想に活動された作家です。
賢治がこの名前を選んだことには、人間の理想や救済への思いが込められていたのかもしれません。
物語の終盤、銀河鉄道はさまざまな星座や停車場を通り過ぎていきます。そして「サザンクロス駅(天国)」を過ぎたあたりで、ジョバンニはカンパネルラに寄り添うように語りかけます。
ジョバンニ「大丈夫、二人一緒ならどこまでも行けるよ?」
そのときカンパネルラは涙を流します。
なぜ涙したのでしょう…。
私は「とても嬉しかったから」ではないかと思うのです。
カンパネルラは、ジョバンニの優しさや苦しみを誰よりも理解していました。そしてジョバンニもまた、カンパネルラを心から信頼していました。互いに相手を思い合う二人だからこそ、「二人ならどこまでも行ける」という言葉が生まれたのでしょう。
その瞬間、カンパネルラは友情の確かさを感じ、胸がいっぱいになったのではないでしょうか。
一方で、この場面については別の解釈もあります。カンパネルラは本来、「サザンクロス駅(天国)」で降りる運命だったのに、ジョバンニを一人残して行くことができず、降りる決心がつかなかったのではないか、というものです。そして、自分がどこへ向かうのか分からない不安や心細さを抱えながらも、ジョバンニのそばにいようとした。
確かに、その解釈にも大きな説得力があります。しかし私は、それだけではなかったように思うのです。
実はこのとき、すでにカンパネルラは亡くなっているのです。
…銀河鉄道とは「死者を運ぶ列車」だったのです。
だからこそ、カンパネルラの涙は不安や心細さだけではなく、「自分は一人ではない」という喜びの涙でもあったのではないでしょうか。ジョバンニが寄り添ってくれること、その友情が確かなものであることを感じた瞬間、胸がいっぱいになったのかもしれません。
『銀河鉄道の夜』は、死や別れを描いた作品として語られることが少なくありません。しかし私は、この物語の中心には「誰かと心を通わせる喜び」があると思います。
カンパネルラの涙は悲しみだけではなく、深い友情に触れた喜びの涙でもあったのではないでしょうか。
夜空を見上げるたびに、銀河鉄道の窓辺で語り合う二人の姿を思い出します。そして、
人は一人ではなく、誰かと共に歩むことで遠くまで行けるのだと、
静かに教えられるのです。
皆さんもこの名作を、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか?
きっとカンパネルラが涙するシーンに心揺さぶられると思います❤

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