こんにちは
今日は少し、趣向を変えたお話をしたいと思います。
自称、多趣味な自分なのですが…多趣味ゆえの苦悩があります。
それは、自分の欲望の奥深さです。
仏教思想では、人間には108の煩悩があるとされています。
ひとえに煩悩といっても、全てが悪いとは私は思っていません。
善と悪は表裏一体とも言いますし
人間がもたらす欲望の強さは進化と退化、両の力を持ち合わせています。
そこで今回は私の個人的な"多趣味ゆえの苦悩"を赤裸々に
話してみたいと思います。
まず、自称多趣味ですが
私は自分の事を多趣味とは思っていません。
本末転倒ですね。
そうです。
ですが、ここが一番の肝なのです。
仏教思想では人間には108の煩悩があるとされていますが
娯楽や多様性が溢れかえっている現代社会で、煩悩の数が108で収まるとは思っていません。
音楽の趣味一つ取ったとしても、多種多様なジャンルに分けられますよね。
芸術も、読書も、語学も、思想や宗教もそうです。
北欧神話の最高神 オーディン
知恵、知識、魔術を司る神です。
知識欲の強さゆえに片目を犠牲にした逸話があります。
最高神ですら、片目を犠牲にするほど欲するもの
それが
知識です
私もまた、知識に心を奪われているのです。
これは私の座右の銘みたいなものなのですが…
「知らない人生よりたくさんの事を知ってる人生の方がいい」
ちなみに
私は学生時代は全く勉強が出来ませんでした。
学校も、家も、大人も子供も大嫌いでした。
ですが、いざ自分の一片を話せば知ったような顔で
「頭いい!」と言います。
私にはそれが、何を定義に「頭がいい」と言っているのか理解できないのです。
勉強はできません。
今だって小学5・6年生の問題も解けないと思います。
ですが、勉強以上に知りたかった世界が学校の外に広がっていました。
窮屈で息苦しいだけの世界で
私は初めて誰にも奪われないものを見つけました。
自分で得た知識や体験は他の誰にも奪えない
動物よりも人間の方が圧倒的におぞましい存在だと今でも思っています。
こうして今、言葉にして発信できるのは
自分が積み上げてきた知識と経験からです。
なにも、何もすごいことなんてありません。
アインシュタインもニュートンもダヴィンチも、疑問疑問のままにしなかったからこそ、名を残すことが出来たのだと思います。
それすなわち
圧倒的な知識欲
出来る事なら、私もこの世のありとあらゆることを知りたいです。
宇宙の果ては存在するのか
猿が人間に進化するに至ったルーツの詳細は
魔法や架空の世界は一体どこまで想像ができるのか
私は知りたいのです。
その結果
自称多趣味の自分が出来上がったのです。
変な気分です。
死後の世界も気になって仕方ない毎日です。
そんな私の苦悩の話でした。
CONTACT


