みんなこんにちは!
今回は回復期に移ってからのお話し。短くはないけどみんななら大丈夫だよね。
たまにはみんなの話も聞きたいけど何かいい方法ないかな。@poatonで探しに来てほしいな。
もしかしたらもうここからきてくれたひともいたりするのかな?
君にも会いたいよ。プロフには鍵垢も置いてあるから鍵持ちの日とは少し安心かも。
そろそろ書き出して今日は退院まで行きたいな。いくね。2/22からお世話になった八事の急性期病棟から3/13に藤田医科大学病院の回復期リハビリ病棟に移動しまずは個室へ。移動も担架付きのタクシーを使い八事から豊明へ。
寝返りもできないほどの痛さと経験したことのない頭痛もそのままで気分は荷物。
とにかく待ち時間が長いのと痛みだけどうにかならないかを誰かに相談したのは覚えてます。何となく移譲に従いベッドに移った先からはまた、覚えていません。
翌日からも記憶にありませんがリハビリはしていたらしいです。そこから10日程度は個室で過ごし、意識がしっかりしてくるのもそのあたりだったかな。正確ではない可能性も高いです。
結局こちらでも良く歌ってたり泣いたり助け話求めていたようであだ名もホールニューワールド加藤となり紳士的なセクハラ患者で有名だったらしいです。定期的に目が合うと触らせてもらってよいでしょうかと聞いてくる変態患者だったようですよ。そして個室ともお別れして大部屋に。日に部屋代数万したとの事で大変な負担ではあるもののリハビリ始めるまでが勝負で個室じゃないと転院出来なかったらしいので入れてくれたようです。嫁に感謝。そしてこの頃には記憶も意識もはっきりしてきたと思っています。人と顔。日々の時間割。共に過ごした情報等も大体覚えてるつもりです。藤田原初の記憶はいくつかあり、主治医からのリハビリ説明と寝たきり宣告。体には痛覚しかないが羞恥心はあり他人にオムツを変えてもらう恥ずかしさや恐怖。個室の頃は結局拘束されてたしナースコールは機能していたものの来るまでに20分まったり来ない事の方が多かったです。詳しくは後述しますがこれは個人の問題というより組織構造の問題。患者の人数多すぎってやつです。引継ぎだけは個人の資質が大きいかも。頼んでも人が変わるとリセットされるのが悲しいけれど現実。特に爪切りは特定の人以外は誤魔化して終わりです。これは入院中ずっと同じでした。大体お金を積めばVIP対応になるのでお金持ちはなり方聞きましょう。リハビリ一日3時間は行政のルールなのでやらないと強制退院になります。覚えてたら注意して下さい。本人は無理ですが家族がなった時に知らないと突然動けない人の面倒を見ることになり非日常がやってきます。施設に入れるのもかんたんではないです。病院と違い何か起きたらお金取られ放題なのでなんとしても限界まで入院させておいてください。ある程度生活できるようにはしてもらえるはずです。そんなこんなで日に9-17時の間に3時間リハビリをして7.12、18時に食事22時就寝の生活が始まります。僕がいたのは4人部屋。僕が40歳あとは54歳64歳48歳だったかな。そのうち1人は54の方とは毎日連絡取ってて64の方は途中で謎の手術から行方不明に。48歳?の方は連絡先は渡しましたがそのまま施設へ。生きてるのはたまに聞こえてきます。男女合わせて病院脱出ライングループは男女入れて10人前後。今のところ再発無くみんなでわいわいしてます。連絡ないのはトラブルがない証拠。おっと脱線してましたね。ベッドの拘束が終わりましたが今度は脱落防止で車いすに勝手に落ちない無いようにシートベルト通称みどりのオムツが着きます。これがまたきつくて前掛けを車いすの後ろに固定して前面に落ちないようにするんですが。特に男性には股間にいろいろついていて縛り上げる時に全てを巻き込みただの拷問です。病院の車いすで唸っている人は大体これかトイレ行きたいのに外してもらえないか2択です。見かけたら何とかしてナース呼んであげてください。ここにきて今回の最後まで書いた分が消えてしまいました。原因は不明ですが加筆修正しています。検閲後に公開されているはずなので保存と公開の関係で変な感じになったのかな?週単位で飛ぶので今日の終礼で相談しておきます。誰の得にもならないからね。とりあえず思い返しながら続きを。GW手前の頃には車いす試験も通り自由になりつつあった僕は寝たきり宣告を跳ね返しつつあり、療法士が迎えに来て車いすを押されながらリハビリに向かうようになってました。かなり嬉しかったですよ。自分の行きたいところにフロア固定とはいえ自由に行けるのは気持ちを明るくさせました。この頃から基本的に起きてる時間はお気に入りのスタッフや患者仲間やその家族と話してるようになり目に見えて元気になっていたと思います。お手洗いは天地までの移動しか認められてないので個室に入ったら中」からナースコールをするスタイル。これもテストに通るとじゆうになります。病院の車いすにカラー紐等が着いてたら意味があるので触っちゃダメですよ。なにこれみたいな状況もほとんど意味があります。GW明けにはリハビリにも慣れ違った不具合が明確化されてきました。元々の頑強さも影響したのが曲げる筋肉が強すぎて伸ばすことが出来ずまともにリハビリできないどころか寝ることも出来ないようになり、最大5徹夜が入院期間で2回ありました。その為毎日のリハビリは筋肉の緊張を解すのがメインとなりました。前にもどこかで書いた気がしてきたな。同じ話ししてたらごめんね。一度目の5徹夜のほうはさいご穴という穴から血を噴出したので、寝れない人は早いうちにメンクリか睡眠外来の扉を叩いて欲しいです。最近は睡眠時無呼吸症候群も日帰りできる場合も増えてるのでさっさと解決を目指しましょう。年末まで家族含めて連休ない人も少なくないはずなので早めの受診がおすすめです。そしてリハビリ出来ないのも不味いのでここで初めてボトックスによる筋弛緩効果に期待するかの話になります。結局、現場は乗り気主治医も乗り気でしたが上級医の許可に時間を取られてるうちに落ち着いてきて流れました。実際は院内政治にM先こまれた疑惑があります。反対していた先生が今の主治医なのですがボトックス超勧めてきてるからです。思えばどんな治療にも主治医で無かった時は反対してました。そうこうしてるうちに6月にもなり新しい学生さんたちともいろんな話をするようになってました。みんな幸せにしててほしいな。国試通れば来年会えるはず。
大体倒れてから6か月が入院の目安そろそろ自分の番が近いことを感じつつまだ課題は積上がっていました。
一番期待していた腕は寝起きや眠い時のあくびに反応して動くことはあっても随意性は0。逆に足は寝たきり予定から調子よければ杖ありで平坦な道なら200m6分くらいで歩けるようになっていました。油断すると膝が固定できずそのまま折りたたまれて転倒する感じ。通称膝折れとの戦いの日々でした。個人的には足はどうにかなると確信し、残りの期間は腕から先に全てをかけたいと思うようになっていました。この時6月下旬退院時期をどうするか静かに話題に紛れて来ていました。今日はこの辺で終わりにします。次回、入院生活後半!まだ長いよ。2025/07位まで来てます。余談ですがボトックスの影響+季節の変わり目で体の感覚がまた変わり、先週の金曜の夜に1年ぶりに転んで血まみれになりました。まだ血が止まってません。みんなも気をつけて良い週末を。インフルやばいので出来ればマスクもお勧めしてますよ。嫌いな人も増えましたが着けてから風邪すらひいてません。またね!
CONTACT


