みんなこんにちは。
お久しぶりです?
かなりばたついて更新が滞っていてごめんなさい。
自他ともにトラブルが頻発して考えがまとまらなくこのタイミングとなってしまいました。
話せないことも多いので自分の事だけボトックス治療が今月28日に決まりました。
怖いですが、最近マンネリ気味だったのでいい機会かもしれません。
手動くといいな。そんなこんなでリーダー編はじめます。
36歳を間近に控えた僕はリシークのリーダーとして新たな局面を迎えていました。
個人として一番稼いでいたプロジェクトを抜け心臓の治療と恐らく軽く心を病んで不安定だった僕は後進の育成に自己の全てを残したく感じていました。社長にも相談し元々勝手にやっていた業務をリーダー業務として整えだし、素養のあると思われる数人を伴ってリシークを巻き込みこむ形で今のリシーク体制に舵をきり始めました。
覚えてる人もいるかな?僕はリシークに多くの知人を連れてきていたので僕が面倒を見やすい人が多く、初期の時点で20人いない程度でスタート。他のリーダーは5-10人スタートが多かったのでやや心配だったのをおぼえています。まぁ付き合いも長くリシーク歴も長い人が多かったのでなんとかなるかなとおもっていました。
41歳現在のメンバーが15人いないので、多かったのでしょう。当時はリーダーも少なく練度が低かったのもあります。当時10人前後いたリーダー同期がリーダーとしては僕含め3人しか残っていないので当時右往左往したのがわかると思います。
最近は当時と比べルールも明確になってるのでリーダー経験者達も戻ってこないかなと思ってるよ。
その時期の僕の一日は朝5時に起床。メールの確認。当日予定の再確認。当日危険予知や部下への連絡。朝弱い子への起床確認体調確認。予定がずれる子への報連相の指導。出社確認。昼までは時事ネタの収集と都度下達。営業電話やなんでも相談に乗ったり会いに行ったり。月に一人はスカウト出来るよう動いていました。実際順調にスカウトを重ねてはいましたが、人が増えるごとに悩みも増えていました。
1年もする頃にはこの体制の問題点も見えつつありました。
幸い僕の元では無かったのですが、中々少なくならない個人の悩みや不満の噴出。新人の定着率の悪さや悩み相談が自リーダーでなく僕に来る等組織としての弱さなどいくつも見えてきていました。これはいい訳なのですがそれでも頼ってきた人をほ放置はできませんでした。一応エスカレが必要と強く感じたものは社長も含めリーダー間で共有はしてるつもりでした。これも今考えると微妙でした。理由はどうであれ各リーダーが解決できたであろうコミュニケーションの機会を奪ったと言っても過言では無いと思っています。この辺りの積み重ねが結果的に各リーダーの成長の機会を奪い、更にはリーダーとしてのやる気の消失に繋がったと感じています。続きは数日後。もう倒れるまですぐ。
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