いつも決まって歩く、お昼ごはんへの道すがら。 何気なく目をやった水路の向こうの民家の壁に、ずいぶんと風変わりなものが張り付いている。
二階の壁面に、ぽつんと口を開けた木製の扉。 しかし、その足元にはバルコニーも、かつてそこへ続いていたはずの階段の影すらない。もし万が一、あの扉をガチャンと開けて一歩でも踏み出そうものなら、待っているのは二メートル下のコンクリートの水路の底へのまっ逆さまな落下だ。
「……なんだ、このホラーめいた、いやにシュールな扉は」
足をとめて、しばし呆然と見上げてしまう。 ただの建築のバグか、それとも誰かの悪戯か。気になって仕方がなくなり、ぐるっとまわってその建物の「正面」に回ってみることにした。
そこにあったのは、ひっそりとシャッターを下ろした、かつての「商店」の佇まいだった。
その瞬間、頭の中でカチリと音を立てて、パズルのピースがハマる心地がした。 そうだ、この街・大垣は、かつて水門川やお城の堀が縦横無尽に行き交い、「水の都」として舟運で栄えた町だ。川が街の動脈であり、道そのものだった時代がある。
「……そうか、あの扉は」
かつてこの水路の水面には小舟がつけられ、店主たちはその扉から直接、重い荷物を引き上げていたに違いない。舟の漕ぎ出す音、水面が跳ねる音、威勢のいい商売人たちの声。そんな、いまはこの街のどこにも残っていない活気の気配が、その古びた扉の向こう側にふっと浮かび上がってきた。
けれど、時代は流れた。 水運の役目は終わり、護岸は整備され、店も閉じられ、街の風景はすっかり塗り替えられた。それなのに、なぜか「あの荷揚げ用の勝手口」だけが、行き場を失ったまま、今もぽつんと壁にしがみついている。
何の役にも立たない。それどころか、一歩間違えれば危なっかしい。 しかし、芸術家・赤瀬川原平らが名付けた「超芸術トマソン」とは、まさにこうした「無用の長物にして、街の歴史を語る美しき遺構」のことではないだろうか。
効率と合理性だけで塗り固められた現代の都市の隙間で、かつての生々しい人間の営みや、そこに流れていた時間をポツリと物語るエラー。
お昼の短い休憩時間、ふと見上げた高所扉のおかげで、僕は思いがけず昭和の水都・大垣へとタイムスリップする贅沢な時間を味わうことになった。
今日もまた、あの危なっかしい扉の前を通る。 「こんにちは、今日もいい天気ですね」 心の中でそう話しかけながら、静かな物思いにふけりつつ、お腹をすかせて歩いていく。

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