こんにちはSです。
今回もお城です。国宝5城の一つの犬山城について話せたらなと思います。
犬山城が建てられたのは、現在の愛知県犬山市の木曽川(きそがわ)の南岸にある小高い山の上です。犬山城は現存する天守の中でも特に古いものの一つですが、現在の天守が当時のまま完成したのかについては、まだはっきりとは分かっていない部分もあるんです。
それでは犬山城は誰が建てたのでしょうか?
犬山城は1537年(天文6年)に織田信康(おだ のぶやす)が建てました。
ちなみにこの当時は戦国時代です。
なぜこの場所に建てられたのでしょうか?
主な理由は、敵から守りやすく、周囲を見渡せる場所だったと考えられます。
1.北側:木曽川が流れていて、天然の堀のような役割を果たしています。
2.高台:敵の動きを見つけやすく、攻めてくる敵を見下ろせます。
3.交通の要所:木曽川の水運や周辺の陸路を押さえるうえでも重要な場所でした。
つまり、犬山城は景色が美しいだけでなく、戦国時代の戦いに備えた、守りに適した場所に建てられたお城なんです。
ちなみに、犬山城の北側を流れる木曽川は、現在では岐阜県と愛知県の県境付近を流れています。
犬山城はいつ国宝になったのでしょうか?
犬山城の天守は、1935年(昭和10年)に国宝に指定されました。その後、1952年(昭和27年)に、文化財保護法に基づいて国宝に再指定されました。
また、2018年(平成30年)には、犬山城跡の一部が「国の史跡 」に指定されました。
同じ犬山城でも、建物と土地で指定されているものが違うんですね!
犬山城の天守からは何が見えるのでしょうか?
犬山城の見どころの一つは天守の最上階から見る景色です。
犬山城は木曽川の南岸にある高台に建っているため、周囲を見渡すことができます。
また、天守の最上階には「廻縁(まわりえん)」と呼ばれる、外側を歩ける通路があります。天守の中を見学するだけでなく、外の景色にも注目してみると、犬山城をもっと楽しめると思います!
豊臣秀吉も犬山城を使っていたのでしょうか?
実は犬山城は羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)とも関係があるんです!
1584年(天正12年)に起きた「小牧・長久手の戦い」では、秀吉方の池田恒興(いけだ つねおき)らが犬山城を占拠し、秀吉方の拠点となりました。秀吉も犬山城に入ったとされています。この戦いは、羽柴秀吉と徳川家康・織田信雄(おだ のぶかつ)らが争った戦いです。
その後秀吉軍は犬山市内にあった楽田城(がくでんじょう)を本陣として、家康・信雄の軍勢と対峙しました。犬山城は、古い天守が残っているだけでなく、戦国時代の有名な武将たちが争った歴史にも関わっているんです!
実は、犬山城には天守の地下2階まであるんです。 知ってましたか?
犬山城以外にも、姫路城には大天守に地下1階、松江城にも地下1階があります。
お城は外から見るだけでなく、内部の構造にも注目してみると、いろいろな発見がありますね!
他にも書きたいことがたくさんありますが、簡単に読めるのはここまでにした方がいいかなと思ったのでここまでにします。もしこのブログ読んで興味が出たら一度行ってみてください!
今回も読んでくれてありがとうございます。
次回は国宝松江城です。また読んでもらえる為に読みやすく書きます。お楽しみに!!
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