最近よく考えていることがあります。
無理してでも頑張って、理想の行動を達成するのか、無理しないで自分の体調を第一優先にするのか。
そしてその結果として、自分が満足できるかできないかということです。
わたしは障害のために体力が少ないです。また、うつからの回復時期だと思われることや、薬の調整を進めている段階であることから、無理して行動するとリスクがあります。
しかしわたしは完璧主義を抑えることができません。
いわゆる「普通」の人と同じように働けないことを受け入れることすら、まだ心が追い付いていません。午後の在宅ワークぎりぎりになんとか起きてできるだけの作業をすることでは、わたしの完璧主義を満足させることはできないのです。
無理しないで自分の体調を大事にすることは間違ったことではありません。むしろ治療しているものとして理想的な姿です。でも、無理しない方がいいと考えて寝ていた日、とても後悔します。自分が無価値なものに思えて呆然とします。
しかし不思議なことに、無理して午前から通所すると、それはそれで後悔が襲ってくるのです。治療を理想的に遂行できなかったのではないかと不安になるのでしょう。とりあえず救いなのは、頑張ったことによる達成感と安堵を感じることができることです。
先日この考えをさらに悩ませることが起きました。
少しだけ無理して頑張りたいと思い、午前から在宅ワークすることを選択しました。
しっかり集中できて、やるべき作業を完了させ、とても疲れました。疲れたので休むべきだと考えて、寝ることにしました。(寝だめがうつに有効であることが研究によって実証されたそうです。)
目が覚めると、不快なもやもやに支配されました。今日も何もできなかった、自分はダメだという考えがぐるぐるしていました。
なぜ満足できないのでしょうか。
わたしの中に「普通」や「常識」や「社会」を抱え込んだ完璧主義のわたしが居座っているのでしょうか。
無理しても無理しなくても、どちらにしても後悔してしまう。
満足できる日はなかなかない。
このどうしようもない思考を引きずりながら、とりあえず日々を進めていくことが今できることだと思います。

投稿者O.M
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