利用者のGです。
今回は「悔しさ」に関する自分の考え方を書くことにしました。
その理由は、29歳の私が何をやっても中途半端な人間であり、悔しさを本気で抱いたことが、今までぼぼ全くないからです。
「悔しさをバネに」という言葉は、誰もが一度は耳にしたことがあると思います。
特にスポーツニュースだと「悔しさが大切」とよく言われますね。
しかし「悔しさは絶対的なのだろうか?」と私のような人間は思うのです。
確かに、失敗などの悔しさを糧にして、成功に辿り着ける人もいます。
もちろん、それは立派ですし、悔しさを全否定するわけではありません。
しかし「悔しさが全てだ!」と悔しさを押し付けるのは、違うような気がします。
「悔しくない=甘え」とは限らないですし、私のように中途半端ゆえに悔しさを自然に抱けない人だって多く存在すると思います。
「なんで自分は中途半端な性格で、本気になれないんだろう」と苦しさを覚える人もいるでしょう。
私もかつてはそうでした。
悔しさに関して、私の過去の経験を話してみます。
私は26歳の時、合格率約20%の難関資格である日商簿記二級に合格しました。
簿記二級に1回目は落ちましたが、まともに勉強していなかったから当然でした。
この時の私は、再受験すると決めていましたが「難しい資格だし、二回目落ちたら諦めよう。不合格でも構わないかな・・・」と諦め気味だったと思います。
しかし、当時通っていた就労移行支援事業所の支援員に「簿記二級は2回目落ちたら、もう諦めます」と伝えたら「諦めるのは勿体ないですよ」と背中を押してくれたので「それなら、受かるよう勉強するか」と一念発起しました。
時間を計測しながら過去問など問題演習を繰り返し、間違えた箇所は、原因を考えて解きなおす・・・という感じで勉強を続けました。
その際、一回目に不合格だった悔しさはなく、淡々と勉強していたという感じです。
そして、簿記二級に2回目の受験で合格しました。
「悔しさがなくても、難関資格は合格できる」という証明に私自身がなれたでしょうか。
人はやる時はやるのです。
結局、悔しさとは全てに通じる万能薬ではないと思います。
仮に、何か資格に落ちたとしても「悔しさが足りない!」「自分は甘い!」などと自らを追い詰める必要はありません。
人間の脳は楽を追い求める性質であり、その性質を変えるのは難しいのです。
それよりも「とにかく勉強しよう」と勉強を習慣化することが大切です。
それには、図書館に行くなど環境を変える、とにかく参考書をめくってみる、一問だけでもよいから問題を解くなど、勉強を始める方法はいくらでもあります。
「なぜ自分は悔しさを抱けないのか」と悩む人もいるでしょうし、私もそうでした。
もしそう悩むなら、悔しさに対する考え方を変えてみてはどうでしょうか。
そうすることで、私も「失敗しても悔しくなれない自分」という、何か劣等感のような物から解放されたと思います。
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