序章

図1 グリニッジの位置

図2 王立グリニッジ天文台の位置
グリニッジを調べると英国の海洋進出の歴史が分る博物館があるようです。
グリニッジにある**国立海軍博物館(National Maritime Museum)**は、イギリスの海洋史を象徴する場所ですね。
豆知識:グリニッジで見られるもの
博物館へ行かれる際は、ぜひ以下の展示もチェックしてみてください。
ネルソンの軍服: 前述の通り、彼が亡くなった時に着ていた実物です。
クイーンズ・ハウス: 博物館のすぐ隣にあり、ターナーの巨大なトラファルガー海戦の絵画が展示されています。
カティーサーク号: 博物館の近くに保存されている、蒸気船に代わる直前の最高峰の快速帆船(ティークリッパー)です。
英国の海洋進出
the mission to seafarersの教会に行きますから、海洋進出の歴史を知りたいのです。
海洋進出の歴史という視点で、いくつかのポイントを整理しました。
1. 帆船時代の「孤立」から生まれた活動
19世紀初頭、トラファルガー海戦の頃の船乗りたちは、一度海に出れば数ヶ月、時には数年も家族と連絡が取れず、陸に戻っても過酷な労働環境に置かれていました。
2. 帆船から蒸気船への転換と「教会の役割」
「帆船から蒸気船への変化」は、この教会の活動形態も大きく変えました。
帆船時代(洋上訪問): 船が風待ちで沖に停泊していたため、司祭がボート(カッター船)で船を訪ねていました。
3. 海洋帝国のネットワークとしての教会
イギリスが世界中に植民地を広げるにつれ、この活動も世界各地の港へ広がりました。
世界200以上の港: シンガポール、香港、シドニーなど、かつてのイギリス帝国の重要拠点には必ずといっていいほど「The Mission to Seafarers」の拠点があります。
海洋進出の歴史遺産: 訪れる教会には、海難事故で亡くなった船員たちの碑や、かつての豪華な帆船の模型などが奉納されていることが多く、そこには教科書には載らない「名もなき船乗りたち」の歴史が刻まれています。
ロンドンでの訪問先のアドバイス
St Michael Paternoster Royal: この教会は、有名な「ディック・ウィッティントン(ロンドン市長)」ゆかりの教会であり、大火後にクリストファー・レン(セント・ポール大聖堂の設計者)によって再建されました。
歴史の重なり: トラファルガー海戦の時代のロンドン中心部の雰囲気と、その後の海洋発展を支えた人々の精神的な支柱を同時に感じることができます。
海洋進出の華やかな歴史の裏側で、過酷な海を支えた人々の精神文化に触れる旅になりそうですね。 博物館でご覧になる「帆船の戦い」と、教会で知る「船乗りの日常」を繋ぎ合わせてみると、より立体的に当時の歴史が見えてくるはずです。
1. グリニッジの時計と「世界の標準時」の今
グリニッジ天文台にある有名な「シェパード門時計(24時間計)」は今も現存していますが、実は「世界の基準」としての役割は1970年代に終えています。
今の基準は「原子時計」: 現在はグリニッジという特定の場所の時計ではなく、世界中に分散して置かれた数百台の「原子時計」が刻む時間を平均して基準にしています。これを**協定世界時(UTC)**と呼びます。
時代背景を整理してみると、当時の驚きがより鮮明になります。
1. 黒船(蒸気船)という衝撃
ペリーが浦賀にやってきたのは1853年です。
帆船時代の終焉の始まり: ペリーの艦隊には蒸気船「サスケハナ号」が含まれていました。風がないのに煙を吐いて突き進む巨大な鉄の塊を見て、当時の日本人は「黒船」と呼び、腰を抜かしました。
トラファルガー海戦から約50年: 1805年のトラファルガー海戦ではまだみんな木造の帆船でしたが、それからわずか半世紀で、アメリカやイギリスは蒸気機関という「魔法の力」を手に入れて日本に現れたのです。
2. 世界が繋がった「1869年」
明治維新が1868年。その翌年の1869年は、世界史において非常に象徴的な年です。
スエズ運河の開通: これによりヨーロッパとアジアがぐっと近くなりました。
アメリカ大陸横断鉄道の完成: 大西洋と太平洋が陸路でも繋がりました。
カティーサーク号(帆船)の進水: 最高の帆船が生まれた一方で、蒸気船に主役を奪われる運命が決定した年でもありました。
時代背景を整理してみると、当時の驚きがより鮮明になります。
1. 黒船(蒸気船)という衝撃
ペリーが浦賀にやってきたのは1853年です。
帆船時代の終焉の始まり: ペリーの艦隊には蒸気船「サスケハナ号」が含まれていました。風がないのに煙を吐いて突き進む巨大な鉄の塊を見て、当時の日本人は「黒船」と呼び、腰を抜かしました。
トラファルガー海戦から約50年: 1805年のトラファルガー海戦ではまだみんな木造の帆船でしたが、それからわずか半世紀で、アメリカやイギリスは蒸気機関という「魔法の力」を手に入れて日本に現れたのです。
2. 世界が繋がった「1869年」
明治維新が1868年。その翌年の1869年は、世界史において非常に象徴的な年です。
スエズ運河の開通: これによりヨーロッパとアジアがぐっと近くなりました。
アメリカ大陸横断鉄道の完成: 大西洋と太平洋が陸路でも繋がりました。
カティーサーク号(帆船)の進水: 最高の帆船が生まれた一方で、蒸気船に主役を奪われる運命が決定した年でもありました。
グリニッジという町は、「海洋進出の拠点」としての顔が最も有名ですが、実はそれ以外にも**「王室」「建築」「科学」**という非常に面白い特徴を持っています。海洋以外の魅力をいくつか掘り下げてみましょう。
1. 「王室の町」としての気品
グリニッジは正式名称を「王立特別区グリニッジ」と言います。ここは、イギリスで最も有名な王の一人、ヘンリー8世や、大英帝国の基礎を築いたエリザベス1世が生まれた場所です。
プラセンティア宮殿: かつては王宮があり、王室の人々がテームズ川を眺めて過ごしました。現在はその跡地に、美しい「旧王立海軍学校」が建っています。
2. 世界遺産にもなった「完璧な建築美」
グリニッジの景観は「マリタイム・グリニッジ」としてユネスコの世界遺産に登録されています。
クイーンズ・ハウス: 1616年に建てられた、イギリス初のイタリア風(古典主義)建築です。真っ白で左右対称の美しい建物は、当時の建築革命でした。
ペインテッド・ホール: 旧海軍学校の中にある大ホールで、「イギリスのシスティーナ礼拝堂」と呼ばれるほど見事な天井画があります。ここにはトラファルガー海戦で亡くなったネルソン提督の遺体が安置されました。
3. 「科学と計測」の聖地
「標準時間」に関係しますが、グリニッジは単に時間を決めただけでなく、**「正確に測ること」**を追求し続けた町です。
ジョン・ハリソンの時計: 揺れる船の上でも狂わない時計(クロノメーター)を作ったハリソンの実物が展示されています。これがあったからこそ、イギリスの海洋進出は成功しました。
子午線: 庭には「東半球」と「西半球」を分ける経度0度のラインが引いてあります。右足が東、左足が西というふうに、世界の中心に立つ体験ができる場所です。
4. 庶民の文化「グリニッジ・マーケット」
歴史的な建物ばかりでなく、1700年代から続く古い市場もあります。
船乗りたちが集まった町ですから、世界中の珍しいアンティークや食べ物が集まりました。今でも活気があり、ロンドン中心部とは少し違う、海を感じるのんびりした空気が流れています。
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