こんにちは、最近は朝晩少しづつ涼しいと感じる時間が増えてきましたね。
知っていましたか?
日本には四季があるといいますが、世界的に見ると四季は他の国にも存在します。
でもなぜ日本の四季はこれほど世界に通じているのか?
それは、日本人が自然の中に感じる心情の奥深さを持つ人種だからです。
海に囲まれた孤島でありながら、緑豊かで固有の動植物と共存してきたからこそ形成されてきた日本人という文化人。
熱烈な愛の言葉を紡ぐ外国文化も素敵だと思いますが、厳かで奥ゆかしい日本文化も私は大好きです。
愛を語る物語で言えば、「万葉集」「古今和歌集」などがありますね。
では今回は『平家物語』にフォーカスを当ててお話をしようかと思います。
〝祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり〟
誰もが一度は聞いたことがあるフレーズかと思います。
「祇園精舎の鐘の声」の一説から始まる平家物語。
平家物語とは、平清盛率いる平家一族の栄華と没落を描いた鎌倉時代の軍記物語です。
平家物語は巻第一から巻第十二まであるお話で、生仏という琵琶法師が、行長の語りを聞き覚え、広めたとされる。その後も、平家物語は、世代を超えて琵琶法師が伝承したと言われています。
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
このフレーズには、祇園精舎の鐘の音には世の中のすべての現象は絶えず変化し、永遠に続くものはないという「諸行無常」の真理が宿っているという意味が込められています。
これは、この後に続く平家の繁栄と滅亡を語るうえで必要不可欠な上に重要な前置きとなりますね。つまるところ、かつての平家はそれほどまでの勢力と権力を保持していたことが伺えます。
この後に続くのは
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
《沙羅双樹》沙羅樹は神話学的には復活・再生・若返りの象徴ですが、仏教では二本並んだ沙羅の木の下で釈尊が入滅(煩悩の炎が消えた状態)したことから、涅槃(輪廻の輪から解放されること)の象徴とされ、沙羅双樹とも呼ばれています。
《盛者必衰》勢いの盛んな者や栄華を極めた者も、いつかは必ず衰え滅びるという世の道理を示した四字熟語。まさに平家の繁栄と滅亡を表すのに適していますね。
《驕れる人も久しからず》「自分の力や地位、財力を鼻にかけて高慢になったり、威張ったりする者は、長くは栄えることができない」という意味で、平家の繁栄と滅亡には驕りがあったことが伺えます。
《ただ春の夜の夢のごとし》春の夜に見る夢は短いことを意味し、秋の夜長に対して春の夜は短いことで、夢を見る夜の時間が短いことを巧妙に表しています。
《猛き者もつひにはほろびぬ》勢いの盛んな人も、勇猛な者も、最後には滅んでしまう。盛者必衰の意をここでも重ねて唱えることで、平家がどれほど強い権力を持ちながらも滅びたことを示唆していますね。
《ひとへに風の前の塵に同じ》「風が吹けば舞い散る塵のように、勢いが盛んな者も最終的には滅びる運命にある」これもまた、盛者必衰ということですね。永久の栄光を誰しもが望みながらも、悠久を前にすれば人が築き上げた栄光などは風の前の塵と同じなのでしょう。
『平家物語』では義弟の時忠が「この一門にあらざる者は皆人非人なり」と言ったとしており、これは、その後の「平家にあらずんば人にあらず」という慣用句で知られています。
そう豪語してしまうほどに、かつての平家は絶大な権力に酔いしれていました。
ですが当然、強大な権力と平家の傲慢さに反感を買わない者はいません。
そうして治承・寿永の乱が起きます。日宋貿易で富を中央政府側で独占し、その財と権力で栄華を極め、傍若無人に振る舞った平家に他勢力が不満を募らせて反乱を招いた結果です。
「驕れる者も久しからず」という一文は「財や地位、権力を盾に威張る者は平家のようにいずれ滅びる」という意味に繋がるわけですね!
おまけに、平清盛はあの東大寺を焼失、大破させて「仏敵」の汚名を着せられます。
そのような経緯があった清盛は最期、原因不明の熱病で三日三晩もだえ苦しみ最期を迎えます。清盛は遺言として「葬儀などは無用。頼朝の首を我が墓前に供えよ」と、最後の最後まで源氏への恨みを残していました。
そうして清盛亡き後の平家は、壇ノ浦の戦いで敗戦し滅亡します。
そんな平清盛のお墓は、京都の六波羅蜜寺という場所にあります!私も何度か手を合わせに行ったことがあります!
すぐ近くに、六波羅珍道寺などがあるのですが、それら一帯は地獄に通じているとされており、様々な逸話が残っています。
そのなかでも、私は『幽霊子育て飴』のお話が好きで、実際に購入して食べたりもしました( *´艸`)💕
涼しくなってきた今、紅葉シーズン人込みを避けつつゆっくりと京都で歴史に思いを馳せるのはどうでしょうか???
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