キャリカク浜松駅前オフィス

私が丸くなる理由

2026年06月20日 / 浜松

第一弾 私が丸くなる理由

https://kyarikaku-blog.com/office-blog/blog-kyarikaku-hamamatsu-45277/

第二弾 羽音が聞こえる夜~私が丸くなる理由~

https://kyarikaku-blog.com/office-blog/blog-kyarikaku-hamamatsu-45289/

私が丸くなる理由

雨上がりの庭には、世界の秘密が落ちている。
濡れた土の匂い。
葉っぱの裏についた小さなしずく。
誰かが忘れていったビー玉みたいな雨粒。
それから、石の下で静かに動き出す、ちいさな命たち。
その庭のすみ、古い植木鉢のかげに、一匹のダンゴムシが住んでいた。

私の名前は、まる。
まるは、自分の名前が少しだけ苦手だった。
なぜなら、まるは仲間たちの中でも、特にすぐ丸くなるダンゴムシだったからだ。

少し大きな音がしただけで、ころん。
鳥の影が横切っただけで、ころん。
子どもの足音が近づいただけで、ころん。
風で枯れ葉が動いただけで、ころん。

仲間たちは笑った。

「まるはまた丸くなった」
「そんなに怖がってばかりで、どうやって生きていくんだ」
「丸くなるだけなら、石ころと同じじゃないか」

まるは何も言わなかった。

言い返したかったわけではない。
ただ、言葉を持っていなかった。

ダンゴムシの世界では、強いものはすばやく歩き、賢いものは湿った場所を見つけ、勇敢なものは大きな葉っぱの下まで冒険に行く。

でも、まるは違った。

まるはすぐに丸くなった。

怖くなると、体が勝手に縮こまった。
外の世界が大きすぎると感じると、足をしまい、触角をしまい、自分を小さな球にした。

まるは思っていた。

ぼくは弱い。
ぼくは何の役にも立たない。
ぼくは、ただ丸くなるだけのダンゴムシだ。

そんなまるが住んでいた庭には、一人のおばあさんがいた。
おばあさんは、毎朝ゆっくりと庭に出てきた。
膝が悪いのか、歩くたびに少し顔をしかめる。
それでも、おばあさんは花に水をやり、枯れ葉を集め、小さな声で庭に話しかけた。

「今日も咲いてくれてありがとうね」
「雨が降ってよかったね」
「あなたは少し元気がないね。大丈夫、大丈夫」

まるは、そんなおばあさんの声が好きだった。
おばあさんの声は、足音ほど怖くなかった。
風よりもやさしくて、雨よりも静かだった。

ある日、おばあさんは庭のすみで、小さな鉢植えを置いた。
それは、まだ小さな苗だった。
細い茎に、頼りない葉っぱが三枚だけ。
風が吹けば折れてしまいそうな、小さな小さな花の赤ちゃん。

おばあさんは、その苗に向かって言った。
「この子はね、ひまわりなんだよ」
まるは、石の下からそっと見ていた。

ひまわり。
その言葉だけで、夏の光みたいなものが庭に落ちた気がした。

おばあさんは、毎日その苗に水をやった。

「大きくなるんだよ」
「急がなくていいからね」
「ゆっくりでいいんだよ」

まるはその言葉を聞くたびに、不思議な気持ちになった。

ゆっくりでいい。
急がなくていい。

そんなことを、まるに言ってくれた者はいなかった。

仲間たちはいつも、早く歩け、怖がるな、丸くなるなと言った。
でもおばあさんは、ひまわりに向かって、ゆっくりでいいと言っていた。

まるは、少しだけひまわりがうらやましかった。

ある朝、庭に小さな男の子がやってきた。
おばあさんの孫だった。
男の子は、ランドセルを背負ったまま庭に立っていた。

けれど、学校に行く時間のはずなのに、なかなか門の外へ出ようとしなかった。

おばあさんが言った。

「今日も行きたくないかい」

男の子は、うなずかなかった。

首を振りもしなかった。

ただ、靴の先で土をこすっていた。
「大丈夫。行ける日もあるし、行けない日もあるよ」
おばあさんはそう言って、男の子のそばにしゃがんだ。

男の子は小さな声で言った。

「ぼく、学校に行くと、おなかが痛くなる」
「そうかい」
「教室に入ると、みんなが見てる気がする」
「そうかい」
「何か言われるのが怖い」
「そうかい」

おばあさんは、急かさなかった。
励ましすぎることもしなかった。

ただ、男の子の言葉をひとつずつ受け取っていた。
まるは石の下で丸くなっていた。
なぜなら、男の子の声が、自分の心に少し似ていたからだ。

怖い。
見られている気がする。
動けない。
外の世界が大きすぎる。
まるは思った。

この子も、丸くなりたいのかもしれない。
その日、男の子は学校に行かなかった。
ランドセルを玄関に置き、庭のすみに座りこんだ。
おばあさんは何も言わず、ひまわりに水をやった。
男の子は、ぼんやりと庭を見ていた。

そのとき、男の子の目の前を、まるが歩いてしまった。
しまった、と思った。
男の子の影が落ちた瞬間、まるの体は反射的に丸くなった。
ころん。
完全な球になったまるを見て、男の子は少しだけ目を見開いた。

そして、言った。
「……ぼくみたい」

おばあさんが振り返った。

「どうしたんだい?」

男の子は、丸まったまるを指さした。

「この虫、すぐ丸くなった」
「ダンゴムシだね」
「弱いから?」

おばあさんは少し考えてから言った。

「弱いから、というより、自分を守る方法を知っているんだよ」

男の子は、まるをじっと見つめた。

「守る方法?」

「そう。怖いとき、無理に強そうにしなくてもいいんだよ。この子は丸くなることで、自分を守っている」

男の子は黙った。
まるも黙った。

ダンゴムシは、もともとしゃべれない。
けれどそのとき、まるは初めて、自分の体がただの弱さではなかったのかもしれないと思った。

丸くなることは、逃げることだと思っていた。
情けないことだと思っていた。
役に立たないことだと思っていた。

でも、おばあさんは言った。
自分を守る方法。

その日から、男の子は毎朝、庭に来るようになった。
学校に行ける日もあった。
行けない日もあった。
行けない日は、庭のすみに座って、ダンゴムシを探した。

まるは、男の子が近づくと、やっぱり丸くなった。

ころん。

男の子はそのたびに、小さく笑った。
「今日も丸いね」
まるは何も言わない。

「ぼくも、今日は丸くなりたい日」
男の子は、まるのそばで膝を抱えた。

はじめのうちは、男の子はただ座っているだけだった。
でも、少しずつ、庭のことをするようになった。

枯れ葉を集める。
ひまわりに水をやる。
おばあさんの代わりに植木鉢を動かす。

ひまわりは、ゆっくり伸びていった。

最初は頼りなかった茎が、少し太くなった。
三枚だった葉っぱが、五枚になった。

小さなつぼみができた。
男の子は、毎日それを見た。

「ひまわりって、すぐ咲かないんだね」
「そうだね」
「でも、毎日ちょっとずつ伸びてる」
「そうだね」
「ぼくも、そうなれるかな」

おばあさんは、水やりの手を止めて、男の子を見た。

「もう、なっているよ」

男の子は不思議そうな顔をした。

「ぼく、まだ学校に毎日行けないよ」
「でも、庭には毎日来ている」
「それだけ?」
「それだけじゃないよ。昨日より少し長く外にいる。先週より少し話している。前より少し笑っている」

男の子は、ひまわりの葉に触れた。
「少しって、意味あるの?」

おばあさんは言った。
「少しがなかったら、大きくはなれないよ」

まるは、植木鉢のかげで聞いていた。
少しがなかったら、大きくはなれない。

その言葉は、まるの小さな体の中に、雨粒みたいに染み込んだ。
夏が近づくにつれ、庭は明るくなった。
ひまわりは、男の子の背丈を越えた。

男の子は、学校に行く日が少しずつ増えた。
でも、毎日うまくいったわけではない。

ある日、男の子は泣きながら帰ってきた。

ランドセルを背負ったまま庭に飛び込み、ひまわりの下にしゃがみこんだ。
「もう行きたくない」

おばあさんは、ゆっくり近づいた。
「何かあったかい」

男の子は首を振った。
「何もない。でも、だめだった。教室に入れなかった。先生が待ってくれてたのに。お母さんも頑張れって言ったのに。ぼく、まただめだった」

男の子の涙が土に落ちた。
その近くで、まるは丸くなっていた。

男の子はまるを見つけると、泣きながら笑った。
「おまえはいいな。丸くなっても、誰も怒らない」

まるは、胸の奥がちくりとした気がした。
ダンゴムシに胸があるのかは分からない。

でも、その日、まるはたしかに痛かった。

男の子は言った。
「ぼくも、丸くなっただけなのに」

おばあさんは、男の子の隣に座った。

「丸くなったあと、また開けばいいんだよ」
「開けなかったら?」
「開ける日まで、丸くなっていればいい」
「それでいいの?」
「ずっと丸いままのダンゴムシはいないよ。安全だと思ったら、ちゃんとまた歩き出す」

男の子は、まるを見た。
まるは、ゆっくりと体を開いた。
足を出し、触角を出し、少しだけ前へ進んだ。
男の子は息をのんだ。
まるは怖かった。

男の子の涙も、声も、近すぎる顔も、全部怖かった。

でも、まるは歩いた。

一歩。

もう一歩。

ほんの数センチだった。

でも、男の子はそれを見て、泣きながら言った。

「すごい」
まるは思った。

ぼくは、すごいのだろうか。
ただ、丸くなって、少し待って、また歩いただけなのに。

けれど男の子にとっては、その小さな一歩が、何よりも大きく見えた。

その日から、男の子はまるのことを「先生」と呼ぶようになった。

「ダンゴムシ先生」
おばあさんは笑った。

「立派な先生だね」
まるは、少し困った。

先生と呼ばれても、まるは何も教えられない。

黒板もない。
チョークもない。
難しい言葉も知らない。
ただ、怖くなったら丸くなる。
大丈夫そうなら開く。
そしてまた、ゆっくり歩く。
それだけだった。

でも、男の子はそれを毎日見ていた。

怖い日は、無理に強くならなくていい。
丸くなる日があっていい。

でも、丸くなった自分を嫌いにならなくていい。

また開ける日は来る。
まるは、言葉ではなく、体でそれを教えていた。
やがて、ひまわりが咲いた。
大きな大きな黄色い花だった。

庭のすみに咲いたその花は、まるにとっては太陽そのものだった。

男の子は、花を見上げて言った。
「咲いた」

おばあさんは、うなずいた。
「咲いたね」
「最初はあんなに小さかったのに」
「そうだね」
「毎日少しずつだったのに」
「そうだね」

男の子は、まるを探した。
まるは、ひまわりの根元にいた。

落ちた葉っぱのかけらを、ゆっくり食べていた。
男の子はしゃがんで、まるに言った。

「先生、ぼく、明日学校に行ってみる」
まるは食べるのをやめた。

「でも、怖くなったら保健室でもいいことにする」
まるは動かなかった。

「教室に入れなかったら、廊下でもいいことにする」
まるは、触角を少し動かした。

「それでもだめなら、帰ってきてもいいことにする」
男の子は笑った。

「丸くなってもいいことにする」
次の日、男の子は学校へ行った。

朝、庭に来て、ひまわりに水をやり、まるを見つけると、小さく手を振った。
「行ってきます」
まるは、丸くならなかった。

男の子の足音が遠ざかっていく。
門が開く音がする。
閉まる音がする。

庭には、おばあさんと、ひまわりと、まるが残った。
おばあさんは、ひまわりを見上げながら言った。

「あの子、行ったね」
まるは、小さく歩いた。

その日の夕方、男の子は帰ってきた。
走ってではなかった。
スキップでもなかった。
顔いっぱいの笑顔でもなかった。

でも、泣いてはいなかった。

男の子は庭に入ると、まっすぐひまわりの下に来た。

「先生」
まるは、石のかげから出てきた。

「今日は、教室に入れた」
おばあさんが微笑んだ。

「すごいね」
男の子は首を振った。

「ずっとじゃない。途中で怖くなって、保健室に行った」
おばあさんは言った。

「それでも行けたんだね」
男の子は、まるを見た。

「うん。丸くなったけど、また少し開けた」
まるはその言葉を聞いて、なぜか体が温かくなった。

秋が来た。
ひまわりは、少しずつ頭を垂れた。
黄色かった花びらは色を失い、種をたくさん抱えるようになった。

男の子は、学校に行ける日が増えた。
それでも、行けない日もあった。

でも、行けない日を「全部だめな日」とは呼ばなくなった。

「今日は丸い日」
そう言って、庭に来た。

おばあさんは笑った。
「そうかい。じゃあ、丸くなって休む日だね」

男の子は、まるを探して言った。
「先生も、今日は丸い?」

まるは、その日もやっぱり少しの音で丸くなった。

ころん。

男の子は笑った。
「先生は相変わらずだなあ」

でも、その声には、前のような寂しさはなかった。

ある朝、おばあさんが庭に出てこなかった。
男の子は不思議に思って、家の中に戻った。

その日から、庭は少し静かになった。
おばあさんは、体を悪くして入院した。

男の子はしばらく、庭に来ても何も話さなかった。

ひまわりの種を見つめ、まるを見つめ、ただ座っていた。

まるは、いつものように丸くなったり、開いたりした。
でも男の子は笑わなかった。

数日後、男の子は庭に小さな封筒を持ってきた。
おばあさんからの手紙だった。

男の子は、ひまわりの下に座って読み始めた。

「庭のひまわりの種を、春になったらまいてください。
きっとまた咲きます。
咲くまでには時間がかかります。

でも、大丈夫。
小さな変化は、見えないだけで、ちゃんと起きています。

それから、庭の先生にもよろしくね。
あの小さな丸い先生は、いいことを教えてくれました。

怖いときは丸くなっていい。
でも、丸くなった自分を責めなくていい。

また開ける日が来たら、少し歩けばいい。
あなたも、私も、きっと同じです。
急がなくていい。
少しずつでいい。
春になったら、また会いましょう」

男の子は泣いた。
声を出さずに泣いた。

手紙の上に、涙が落ちた。
まるは、男の子の足元で丸くなっていた。

雨が降りそうな匂いがした。
土が湿り、空が暗くなった。

男の子は、まるをそっと見つめて言った。
「先生」

まるは、少しだけ体を開いた。
「ぼく、また丸くなってる」

まるは、ゆっくり足を出した。
「でも、春になったら、また開く」

まるは、一歩進んだ。
男の子は涙をぬぐった。

その冬、庭は静かだった。
ひまわりは枯れ、葉は落ち、土は冷たくなった。
まるは石の下で、寒さをしのいだ。

男の子は、ときどき庭に来た。
前より背が伸びていた。
声も少し変わった。
学校に行く日も増えた。

でも、まだ怖い日はあった。
怖い日は、庭に来て言った。

「今日は丸い日」
そして、少し休んでから、また歩き出した。

春が来た。
男の子は、おばあさんの手紙に書かれていた通り、ひまわりの種をまいた。

土を掘り、種を置き、やさしくかぶせた。
「大きくなれよ」
男の子は言った。

そして少し照れたように付け加えた。
「急がなくていいから」

まるは、その近くを歩いていた。
もう年を取っていた。

ダンゴムシの一生は長くない。
まるの足は、前より少し遅くなっていた。

触角の動きも鈍くなっていた。
でも、まるは幸せだった。

自分は、何か大きなことをしたわけではない。
空を飛んだわけでもない。
強い敵を倒したわけでもない。
誰かを言葉で励ましたわけでもない。

ただ、怖いときに丸くなった。
大丈夫そうなときに開いた。

そして、少し歩いた。
それだけだった。
でも、それを見ていた男の子がいた。
それだけで、まるの小さな生は、少しだけ意味を持ったような気がした。

春の終わり、ひまわりの芽が出た。
男の子は大喜びした。

「出た!先生、出たよ!」

まるは、その声を聞いた。

でも、もう前のように早く歩けなかった。
男の子は、まるを見つけて、そっと手を近づけた。

まるは、いつものように丸くなった。

ころん。

男の子は笑った。

「最後まで先生らしいね」
その声は、泣きそうだった。

まるは、丸いまま思った。
丸くなることは、弱さじゃなかった。

自分を守ることだった。
そして、いつかまた開くための時間だった。

男の子は、丸くなったまるを土の上にそっと置いた。

「ありがとう」

風が吹いた。

ひまわりの小さな芽が揺れた。
まるは、ゆっくりと体を開こうとした。

でも、少しだけしか開けなかった。

それでもよかった。
少しでいい。

少しがなかったら、大きくはなれない。

男の子は、まるを見つめていた。

その日、まるは土に還った。
けれど、まるが教えたことは、庭に残った。

怖いときは丸くなっていい。
動けない日があっていい。
誰にも見えないところで、自分を守っていい。
でも、自分を嫌いにならなくていい。
安全だと思えたら、少しだけ開けばいい。
一歩だけ歩けばいい。

その一歩が、誰かにとっては、希望に見えることがある。

夏になった。
庭には、今年もひまわりが咲いた。

大きな黄色い花の下で、男の子はランドセルを背負って立っていた。

もう毎日が平気になったわけではない。
怖い日もある。
胸が苦しくなる日もある。
誰にも会いたくない日もある。

でも、男の子は知っていた。
丸くなっても終わりじゃない。
丸くなるのは、また開くためだ。

男の子は、庭の土に向かって小さく言った。
「行ってきます、先生」

そのとき、ひまわりの根元で、小さなダンゴムシの赤ちゃんが歩いていた。
男の子はしゃがんだ。

その赤ちゃんは、男の子の影に驚いて、すぐに丸くなった。

ころん。

男の子は、やさしく笑った。
「大丈夫」

そして、かつておばあさんが言ってくれた声で、そっと言った。

「急がなくていいよ。開ける日まで、丸くなっていていいよ」
雨上がりの庭には、世界の秘密が落ちている。

濡れた土の匂い。
葉っぱの裏についた小さなしずく。
誰かが忘れていったビー玉みたいな雨粒。

それから、誰にも気づかれないほど小さな命が、誰かの心をそっと支えていること。

それは、強くなくてもいいという秘密。
怖がりでも、生きていていいという秘密。
丸くなったままでも、ちゃんと意味があるという秘密。

そしていつか、ほんの少し開いたその瞬間に、世界はまた、歩き出せる場所になる。

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