皆さん、こんにちは。利用者のKです。
今回は、2005年に発売されたゲーム『キングダムハーツ2』に登場する、ある人物の言葉について書いてみたいと思います。
その人物の名前は「サイクス」。
彼が最後に残した「心があれば…!」という言葉です。
私は、この短い言葉が、今でも忘れられません。
『キングダムハーツ』の世界には、「ノーバディ」と呼ばれる存在が登場します。
英語の「Nobody」には、「誰でもない」「誰もいない」という意味があります。
ゲームの世界では、強い心を持った人が心を失い、「ハートレス」という存在になったとき、残された肉体と魂から生まれるのがノーバディです。
ハートレスは、心を求めて人々を襲う存在です。
一方、ノーバディは、必ずしもハートレスのように凶暴になるわけではありません。人間の姿を保ち、言葉を話し、まるで人間のように振る舞う者もいます。
しかし、彼らには、人間に本来そなわっているはずの「心」がありません。
サイクスが所属する「XIII機関」は、失われた心を取り戻すため、「キングダムハーツ」を完成させようとします。
私には、その姿が、ただ心を手に入れたいというだけではなく、心さえあれば、自分の中の何か大切なものが埋まるのではないかと、求め続けているように見えるのです。
かつて自分にも心があったこと。
誰かと笑い合い、喜びや悲しみを分かち合っていたこと。
そんな日々を、どこかで思い出そうとしていたのではないでしょうか。
サイクスは、敵として、主人公ソラたちに立ちはだかります。
しかし、そんな彼がソラ達に敗れ、最後に口にしたのが、
「心があれば…」
という悲痛の叫びでした。
もし、心があれば…
もう一度、アクセル(友人)と友だち同士に戻れたかもしれない。
もう一度、友だちと、笑い合える日々を取り戻せたかもしれない。
そんな、彼の悲痛の叫びが
私にはたまらなく悲しかったのです。
実は、サイクスとアクセルは、もともと友人同士でした。
サイクスの本当の名前は「アイザ」、アクセルの本当の名前は「リア」といいます。
二人はノーバディになる前から、友人同士だったのです。
しかし時が経ち……すべてが終わり……
サイクスは「心」を取り戻します。
『キングダムハーツ3』のエンディングでは、心を取り戻したサイクスとアクセルが、ロクサス、シオンと一緒に時計台の上でアイスを食べる姿が描かれます。
友人たちと、新しくできた仲間たちに囲まれ、穏やかな時間を過ごすサイクスの姿があるのです。
私は、この場面がとても印象に残っています。
かつて友人だったアクセルと、もう一度笑い合える。
失ってしまった心を取り戻し、もう一度、喜びを分かち合える…。
そのサイクスの静かな、されど喜びの笑顔が強く印象に残っています。
「ああ、心さえあれば…」
あのとき、サイクスが最後に残した言葉。
けれども、その言葉の続きを、私たちは『キングダムハーツ3』で見ることができたのです。
彼があれほど求めていた幸せは、決して遠くにあるものではありませんでした。
それは、友人たちと並んで座り、アイスを食べながら、何でもない時間を過ごすこと。
そんな、ささやかで、温かな日々だったのでしょう。
もう、心を求めてさまよう必要はない。
もう、誰かと争う必要もない。
ずっと取り戻したかった日々が、今、ここにあるのだから。
あのとき、サイクスが言いかけた「心があれば…」という言葉。
その続きを、時計台の上で静かに笑う友だちたちの姿が、そっと教えてくれているような気がするのです。
現実の20年前の子どもたちの願い…。
私は、サイクスの「心があれば…」という言葉に、もう一つの意味を感じずにはいられません。
それは、今から20年ほど前、競争社会の中で、人とのつながりを失ってしまった若者たちの想いです。
もう一度、人と仲良く暮らしたい。
もう一度、友達に囲まれて、笑い合いたい。
誰かと争うのではなく、ただ、心穏やかに毎日を過ごしたい。
そんな当たり前の幸せを、皆が望んでいました。
もちろんすべての人達がそうだった訳ではなく、幸せを手にした人もいっぱい居ました。
けれども、競争の中で人間関係が壊れ、居場所を失い、もう元には戻れなくなってしまった人たちも多数いたのです。
サイクスと同じように、失ってしまった「心」を取り戻したかった人々。
それは、まるで…ノーバディのように…。何もしゃべれなくなっても、ただ、心だけ求めていた…。
その悲しみや、やり場のない無念さが、あの「心があれば…」という短い言葉に表れているように、私には思えるのです。
だからこそ、私は『キングダムハーツ2』のサイクスが「心があれば…」「俺に心を…」と
彼が切望するシーンを、何度も思い出してしまうのかもしれません…。
かつて失ってしまった友情、温かな日々を、私達も、もう一度取り戻すことができたなら…。
もし、あの頃、心をすり減らしていた若者たちに、その苦労が報われていたのなら……。
そんな20年前の子供達の願いが…
「欲しかった”夏休み”」が…(ロクサス編、参照のこと)
私にはたまらなく切なく思えるのです。


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