「この人は、何を考えているのだろうか」
時折、そんなことを考える。電車で、街中で、LINEのやりとりをしている最中で。むろん、答えが出ることはない。人の心とは究極の個人情報であり、その全てを明らかにすることは、その人自身でさえも不可能に近いからだ。人が口にする言葉も、すべては表層的な表象だ。それが心からの言葉であるかどうかなど、誰が確かめられるだろうか。
しかし、だからこそ、人の言葉には強い力がある。人を傷つけることも、癒すことも、軽んじることも、尊重することも、偽ることも、信じることもできる。
それが言葉であり、ひいてはそれを扱う人間だ。
だから、私は本を読む。人の言葉の力を、信じているから。
こんにちは。利用者Fです。
今回は「自分が影響を受けた小説」を3冊ご紹介させていただきたいと思います。
あくまで自分の好みにはなってしまいますが、お付き合いいただけますと幸いです。

JR中央線を舞台に、乗客に起きる様々な出来事から、彼らの人生観や価値観を覗き見る短編集。
友人との会話を振り返る高校生、特殊な趣味を持つサラリーマン、痴漢騒動に巻き込まれる駅員など、一つ一つの話は小規模で個人的だ。しかし、その内面には様々なドラマが渦巻いている。彼らにはそれぞれ事情や意図があり、そしてその内面は他者が知ることのできないものだ。
思えば、現実もその通りだ。我々が認識できるのは、他者の行動の結果だけであり、その過程にある心情や動機は、“個”というヴェールによって覆い隠されている。
だからこそ、人は人を想うのだろう。
本質的に孤独であるがゆえに、我々は人を気遣うことができるのだ。

刑事事件弁護士の経験を持つ著者による、本格サスペンス短編集。
タイトルの通り犯罪が起きる一冊ではあるものの、本書はいわゆる「推理小説」ではない。ストーリー上の早い段階で犯人は明かされ、彼らの内面や、犯罪に至るまでの出来事に焦点を当てた構成になっているためである。著者の文章は淡々としていながら、しかし詩情と説得力を持ち合わせている。
登場する人物は様々だ。妻を一生愛し続けると誓った男。兄を救うため、法廷を騙そうとする弟。敵にしてはいけない人物の家へ足を踏み入れてしまった強盗たち……。彼らの辿る運命やいかに。
内容自体は重く残酷な話も含まれているが、それでいて読みやすく引き込まれてしまうのは、著者の素晴らしい文章力ゆえだろう。苦しい現実の中に、一筋の光が差し込んだような気分になれる一冊。

―その店には珍しい檸檬(れもん)が出ていたのだ。
現実に苦しみながらも、鮮やかな感受性を持つ「私」の姿を描いた近代小説の名作。「教科書で読んだ」「レモンが爆発する話」という印象をお持ちの方もいるのではないだろうか。
一読して「結局レモンって何だったの?」と思われた方もいるだろうが、私の個人的な読みとしては、本作の最も大きなトピックは、最序盤にフォーカスされていた「えたいの知れない不吉な塊」だと思うのだ。
主人公の「私」は物語の開始直後から、この「不吉な塊」に心を抑えつけられている。これは「憂鬱状態」と読み替えてもいいだろう。そんな沈んだ心では、普段の趣味は楽しめず、果てはどこかへ逃げ出してしまいたくなってしまう。ここではない、どこかへ。
そんな中、散歩中の「私」は八百屋の店先にレモンを見つける。それは鮮やかで、冷たく、香りも良い。「私」は長い間傷つけられていた心に、心地よい涼風が吹いたかのような軽やかな気持ちを覚え、それを購入する。
しかし、かつて好きだった書店に行く頃にはその気分も落ち着き、「私」は再び「不吉な塊」に打ちひしがれてしまう。しかし、ふと袖からレモンがこぼれ落ちる。それを見た「私」は思い立ち、書店の画集を積み上げ、頂点にレモンを置いて退店する。そのレモンが爆発する場面を想像した「私」は、「そうしたらあの気詰まりな丸善もこっぱみじんだろう」と思い、家路につく、という内容である。
私の解釈ではあるが、作中の「私」はうつ病などの精神疾患を抱えているのではないか、と感じる。
うつ症状が重いと、世界の持つ魅力や楽しみをうまく受け取れなくなることがある。まさに、序盤の「私」のように。
つまりは、作中のレモンは「うつから一瞬でも心を救ってくれたもののメタファー」なのだ。
私自身もうつ病なので、時に共感しつつ、最後は希望を感じながら読んだ一冊である。
青空文庫で読めるので、興味が湧いた方は是非。
いかがでしたでしょうか。
振り返ってみると、どれも「人間の内面」に焦点を当てた短編小説でしたね。自分の趣味が露骨に出てしまっている。
書店で見かけることがあれば、是非手に取ってみてくださいね。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
利用者Fでした。それでは。
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