キャリカク小田原オフィスのある小田原市の隣、平塚市では毎年盛大な七夕祭りが開催されます✨今から楽しみです☺

今回はそんな七夕の由来と歴史について語ろうと思います。
七夕とは、古くから行われている日本の伝統的なお祭りなのです。
その起源となるものは3つあり、日本の神事「棚機(たなばた)」、織姫と彦星伝説、「乞巧奠(きこうでん)」が合わさって出来た行事とされています
ではまずは最初の「棚機(たなばた)」から読み解いてみます。
「棚機(たなばた)」とは古い日本の禊ぎ行事で、乙女(おとめ)が着物を織って棚に供え、神様を迎えて秋の豊作を祈り人々の穢れを払うというものでした。
選ばれた乙女は「棚機女(たなばたつめ)」とよばれ、川などの清い水辺にある機屋(はたや)にこもって神様のために心を込めて着物を織ります。
その時に使われていたのが「棚機(たなばた)」という織機でした
やがて仏教が伝わると、この行事はお盆を迎える準備として7月7日に行われるようになりました
「七夕」を「たなばた」と読むのもここからきていると言われています。
次に織姫と彦星伝説
琴座のベガと呼ばれる織女(しゅくじょ)星は裁縫の仕事を、鷲座のアルタイルと呼ばれる牽牛(けんぎゅう)は農業をつかさどる星と考えられていました。
この二つの星は旧暦の7月7日に天の川をはさんで最も輝いて見えることから、この日を1年に一度のめぐり逢いの日と考えてストーリーが作られました。
最後に「乞巧奠(きこうでん)」
これは中国の行事で7月7日に織女星にあやかり、はた織りや裁縫が上達するようにとお祈りする風習から生まれました。
庭先の祭壇などに針などをそなえて、星に願いをささげたそうです。
それが、いつしか書道などの上達も願うようになりました。
日本で七夕行事が行われるようになったのは平安時代。
当時は宮中行事として桃や梨、なす、うり、大豆、鯛の干物、アワビなどそなえて星を眺めたり、詩歌を読んだり楽器演奏をしたりと過ごしていたそうです🎶
七夕行事が庶民に伝わったのは江戸時代。
人々は野菜や果物をそなえて、詩歌や習い事の上達を願ったそうです。
それがやがて現代の形へと変化し、日本の伝統行事として親しまれるようになりました。
七夕に願いごとを書くと願いが叶うと言われています。
皆様は願い事を書きますか?子供の頃は学校の行事でよく書きましたよね😌
皆さんの願い事を、良かったらキャリカク小田原オフィスで聞かせてください☺パソコンのスキルアップとMOS資格の取得は願いが叶うかもしれません💻
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