~捕手 内野手編~
1 竜の扇の要 谷繁元信 2002~2015
私の中で中日の捕手は谷繁なんです。
森や、阿部のように打撃の捕手ではないが勝負強さがありプロ野球を初めて見に行った時の初得点が谷繁のホームランで興奮したのを覚えています。
リードが非常にうまく投手王国中日を支え、痛打された時の谷繁の姿は忘れることが出来ないです(笑)。
歴代最高3021試合出場、27年連続本塁打、捕手として出場のギネス記録保持者でありキャッチング技術は素晴らしいものがありID野球の申し子古田でさえも考えられないと言われ中日ファンとして彼以上の捕手はいないと思っています。
2 竜の史上最強助っ人 タイロン・ウッズ 2005~2008
圧倒的なパワーを武器に本塁打を量産し2006年優勝決定試合に先制スリーラン、延長12回には勝負を決める満塁本塁打を放ち中日ファンに10.8は大嫌いだが10.10は大好きと言わしめる日を作りました。
説明すると前者の日付は巨人に負け優勝をさらわれた日後者が巨人をやっつけた日!となっています。優勝決定の満塁ホームランの動画を貼っておきますのでどうぞご覧ください!!!
強烈!痛烈!激烈! タイロン・ウッズ 豪快3ラン&超絶満塁ホームラン 2006年10月10日 中日ドラゴンズ優勝決定試合
3 天井スピーカー直撃!怪力ドミニカン トニ・ブランコ 2009~2012
2009年タイロン・ウッズの後釜として中日にやってきたブランコ、当時自分が小2で名前が面白くホームランをたくさん打つことから一番好きな選手となりました。
ブランコの魅力もやはり圧倒的なパワーであり2009年5月7日の広島戦で前田健太からナゴヤドームの高さ50mある天井スピーカー直撃弾を放ち怪力を発揮しました。
その年は、本塁打王、打点王のタイトルを獲得し10年11年の球団連覇に貢献しました。
しかし弱点があり落ちる球に弱く、中日時代は落ちる球に苦しめられていました。
個人的には忘れられない試合が二つあり一つ目は2010年6月22日に浜松球場で行われた対横浜戦で逆転となる2ランを放ち勝利に貢献しました。
もう1試合は2011年10月18日横浜スタジアムで行われた球団史上初の連覇を達成した試合での同点3ランは今でも忘れることが出来ないホームランとなっています。
中日退団後横浜、オリックスと渡り歩きドミニカへ帰国し22年再来日かと思われましたがピザの影響で来日することができませんでした。
それから3年後の2025年4月8日母国ドミニカのサントドミンゴのジェット・セットナイトクラブの天井崩落事故に巻き込まれ亡くなりましたが、同席していたオリックス時代の元同僚のヘルマンを巻き込まれる前に突き飛ばし自ら犠牲になったことで多くの賞賛の声が送られました。
私はそのニュースをキャリカクに向かうバスの中で知り大変ショックと衝撃を受けたのを忘れることは出来ないですし、当時の思い出が鮮明に蘇ったのを覚えています。
私を中日ファンにしてくれた選手の一人でもありますし、事故から4ヵ月経ちますが心より追悼の意を表します。
4 竜が誇る日本プロ野球史上最高の二遊間!!アライバコンビ!!!!!!!
中日の歴史を語る上で絶対に外すことのできないコンビと言ったらこの二人です!
竜のペガサス 荒木雅博 1997~2018
竜が誇るいぶし銀 井端弘和 1998~2013
荒木はドラフト1位で中日に入団したものの2000年までは苦しんでいたが徐々に起用され始めて当時は外野もやっていたが徐々にセカンドとして使われ始め2003年にセカンドでの開幕スタメンをつかんだのであった。
2004年に転機がやってくる落合監督の就任により1番セカンドで固定され井端との二遊間アライバコンビ誕生であった。
それから6年連続ゴールデングラブ賞受賞や07年盗塁王とトップバッターとして中日の黄金期を支えました。
井端はドラフト5位で中日に入団した当初は外野を守っていてセンターライトでのアライバをたまに組んではいた。
2001年にショートのレギュラーを奪取し2002年ベストナインと飛躍を果たし背番号は6に変更し2004年に選手会長としてリーグ優勝に貢献しその年の春のキャンプで荒木と共に徹底的にしごかれアライバとしてそこからアライバコンビで6年連続含む7度のゴールデングラブ賞と5度のベストナインを受賞し中日の黄金時代を支えました。
井端と言ったら忘れられない試合は2013WBCの台湾戦での9回土壇場での同点タイムリーヒットで今でも鮮明に覚えていて日本のヒーローが中日の選手だったことに感動したのを覚えています。
また井端の応援歌は前奏が非常にカッコよく名曲でありWBCの活躍と合わせてどうぞ!
中日ドラゴンズ 「井端」 応援歌 前奏付き
この二遊間の守備はプロ野球史上最高の二遊間でありこのコンビネーションは彼らでしかできない技で中でもグラブトスから始まるこの守備は憧れを抱かせてくれる守備でした。どうぞご覧ください。
【アライバ】伝説の二遊間コンビ 驚異の守備力 【ファインプレー】
5 ミスタースリーラン 森野将彦 1997~2017
高卒で中日に入団し中日一筋を貫いた選手で、背番号がコロコロ変わる選手です。
入団発表時56→入団後7→8→16→31→30→7と変わっています。
チャンスに滅法強く3ランをよく打つ選手でありミスタースリーランの異名を取っていて中日ファンを沸かせました。
一方で左投手の変化球に苦戦を強いられていて凡退した時には「あとはもーりーのだよ」と言われたりもしていました。
また落合監督地獄のキャンプを経験した一人であり守備力は鍛えられましたが外野など様々な守備に就きその影響からかサードに戻ったときは最多失策などありましたが14年ファーストでゴールデングラブ賞を取り守備でも魅せれる選手です。
6 3代目ミスタードラゴンズ 立浪和義 1988~2009
選手としてはPLからドラフト1位で入団し1年目からショートのレギュラーを獲得した選手であり長年レギュラーを張り打撃タイトルとは無縁だったものの中日の顔として君臨していました。
晩年は代打の切り札として活躍し2009年に現役を退きそこから中日の監督交代の報道が出ると必ずしも名前が出て名古屋での人気はすさまじいものがありました。
その効果が実り2022年から中日の指揮を執ることになったのですが球団史上初の3年連続最下位となり昨年退任となり采配がビシエドを干してなど色々あり・・・という感じでしたがその時育てた秘蔵っ子岡林や竜のエースとなった高橋宏斗が一線で活躍しているということは評価すべきポイントなのかな?とは思います。
7 リアルジャイアン 山﨑武司 1989~2002 2012~2013
リアルジャイアンこと山﨑武司は星野政権下のホームランバッターであったがくそボールを振って三振すると星野監督から罰金を取られることでイップスになりかけましたが楽天時代にボヤキで有名な野村監督から思い切り振れと言われ再起を果たした選手で中日に戻り引退しました。
中日ファンで武司といえば1999年サヨナラバンザイ逆転スリーランでありその当時はまだ生まれてませんでしたが中日ファンの間では語り草となっていてこの影響で中日は99年のリーグ優勝を決めることができたのです。
どうぞご覧ください!
山崎武司 逆転サヨナラ3ラン 1999年9月26日 中日vs阪神 9回裏1死より試合終了まで
8 キューバから来たタンク砲 ダヤン・ビシエド 2016~2024
2016年来日したビシエドは開幕から3試合連続本塁打を放つなど持ち前のパワーを発揮し4番として君臨しました。
徐々に日本の野球に適応していき2018年には首位打者、最多安打のタイトルを獲得し4番の地位を確固たるものにし中日を支えましたがインコースのボールに開いて手が出てしまう癖がありなかなか克服できず徐々に成績は低迷し残念ながら昨年退団という運びとなりました。
非常に親日家であり名古屋を気に入った助っ人であり将来はドラゴンズで引退したいと言っていましたがいろいろあり今の事態に至り中日ファンはショックを受けています。
ファーストの守備もうまく20年21年とゴールデングラブ賞を受賞しました。
応援歌は通常とチャンス時に分かれておりとてもかっこいいです。どうぞお聞きください。
昇竜2019 ダヤン・ビシエド 応援歌(通常Ver.)【中日ドラゴンズ】
9 ドミニカン安打製造機 エクトル・ルナ 2013~2015
2013年ブランコ放出でピンチかと思われたが彼がいたから何とか踏みとどまることができた選手で抜群のミート力を武器に活躍し首位打者をひた走っていましたがケガで離脱してしまい1年目はそこまでとなりましたが2年目にはベストナインに選ばれる活躍をし中日を支えました。
~外野手編~
1 掬い上げ打法 和田一浩 2008~2015
僕の中で中日の打線で外すことのできない選手です。
独特な打法からの打球は広角に打ち分けて左右どちらも打てて「和田様」と呼んでいました。
2010年の活躍はすさまじくブランコの不調もあり途中から4番を任され打率339、ホームラン39本、打点93と大活躍しシーズンMVPを取り4年ぶりのリーグ制覇に貢献しました。
その年の浜松球場での1発は忘れることのできない思い出となり、CSでの日本シリーズ進出のサヨナラヒットは今でも鮮明に残っていて僕の中では偉大過ぎる大打者の一人でもあります。
コーチとしての才能も有り、今現在中日の四番細川を覚醒させたコーチでもあります。
’10/10/23 小田先制,和田サヨナラヒット ドラゴンズ 日本S進出決定
2 走りと守備のスペシャリスト 英智 1999~2012
走りと守備のスーパースペシャリストで彼には「48のベースボールスタイル」がありすべて明かされることはなかったのですが爆肩でもあり落合野球に欠かせない選手の一人でした。
【英智】レーザービーム スーパープレイ【ファインプレー集】
3 3拍子揃った大打者 福留孝介 1999~2007 2021~2022
1998年のドラフト1位で入団し当初から大活躍をし、ホームラン30本も打てて首位打者2回受賞し中日の顔となり、2006年にはシーズンMVPを獲得し中日黄金期を支えました。
2008年メジャーへ行き思うように残せず13年阪神日本球界復帰し最後の2年は中日に戻り代打として活躍しました。
4 竜のサヨナラ男 平田良介 2007~2022
中日に高校生ドラフト1巡目で入団し2011年に2試合連続サヨナラホームランを放ち覚醒した選手でありそれから主力として大活躍しました。
2015年にベストナイン、2018年にはゴールデングラブ賞を獲得しました。
晩年は成績が伸び悩み22年戦力外を受け現役引退を表明しました
裏話
オフになると太ってファンを心配させてしまう平田でありよく中日ファンの間では話題となっていました。
5 竜の安打製造機 大島洋平 2010~
2009年ドラフト5位で指名され入団した選手であり、俊足と守備が売りの選手でした。
当時は打撃はまだまだといった選手ではありましたが11年には外野のゴールデングラブ賞を受賞しました。
打撃は入団当初はあまり良くなかったのですがボールを引きつける打撃で12年に打率310を記録し俊足巧打の選手として開眼しました。
外野の守備では素晴らしく11〜12、14〜16、18〜21と合わせて9回のゴールデングラブ賞を獲得し打撃や走塁では12年盗塁王19〜20年と最多安打を受賞しました。
ファンの間では「大島プロ」と呼ばれ昨年6月1日の京セラドームで行われたオリックス対中日の試合でお手本の打撃で同点タイムリーを放ち現地で叫んだのを覚えています。
今年40歳となりそろそろ引き際となる選手ではありますが個人的に初めてユニフォームを買った選手で同じ左打者であり思い入れのある選手です。
以上が私が見た中での中日の名選手であり長文でありましたが、これにて締めさせていただきます。
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